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「交通事故はなくならない」悲しい理由|10年以上ゴールド免許を保持するには

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:Kasumi(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
スピーカーから静かなピアノのリズムに乗せて、低い吐息のような声が流れ出す。
世界中でヒットしたアメリカのロックバンドの人気曲だ。感情を抑えながらも力強く優しい声音とメロディーが、雨の夜に似合う。
タイトルにもなっている印象的なサビのフレーズは曲中で何度も繰り返され、日本語で「命の処方箋」や「命の救い方を教えてくれ」と訳されていた。
歌声が雨音と混ざり、泣き声のようになる。まるで、誰かの涙の中を走っているようだった。
 
信号が変わり、私はゆっくりとブレーキを踏んだ。フロントガラスの雨粒が、赤く染まる。
この曲を初めて聴いた時、思い出したのは昔の親友の顔だ。
 
 
彼女は交通事故で亡くなった。17歳だった。
 
 
高校2年の初夏、友人から親友の死を知らせるメールが届いた。中学3年生の時、同じクラスだった親友とは、部活以外の時間をいつも一緒に過ごしていた。高校は別々だったが、たまに連絡を取り、何度か遊んでいたのだ。
 
お通夜にはすでに友人たちが集まっており、みんな、目を赤く晴らしていた。誰もが泣いているのに、私だけまだ現実感が湧かないのか、それとも会場に着いたばかりで周りの空気を受け止めきれないでいるのか、まったく涙が出てこなかった。
最後に彼女と会ったのは、ほんの1、2週間前。「また◯日に遊ぼう」と約束をして別れた。お通夜は、交わした約束日の1週間前だった。
 
また会えると思っていた。
高校生になっても。
 
彼女のご家族に挨拶をし、促されるままに親友の前に立った。色鮮やかな花に囲まれた彼女は、とても穏やかな顔をしていた。
こんな表情、見た事ない。
私の記憶の中の彼女は、いつも笑っていた。好きな人に告白して振られても、「再アタックする!」と、いつもめげずに元気で明るかった。目の前に横たわる彼女も笑顔だ。けれど、目を、もう開けていない。
 
視界がぐにゃりと滲む。そこからは涙が止まらなかった。嗚咽で苦しくなり、涙で目が痛くなってもまだ、悲しみが身体の奥からあふれてくる。
 
もう会えないのだ。
二度と。
 
事故は、トラック運転手の過失とのことだった。お通夜で運送会社の上司に連れられた加害者男性を見たが、金髪に近い髪色の若い男性だった。20歳くらいだろうか。高校生の私たちとあまり歳の差はないように思われた。
親友の命を奪った相手と自分との間にあまり歳の差がないことは、この後私が
 
大学生になった私は、自動車の運転免許証を取った。車を運転して遠出できるのは嬉しかったが、同時に、自分も交通事故の加害者側にまわる可能性もあるのだと、その意識がいつも運転に対する恐怖感を生んでいたように思う。
 
すでに免許を取ってから10年以上が経つ。北海道から沖縄、離島、首都高速まで、通勤やプライベートで車を運転してきた。その間、一度も事故は起こしていない。無事故無違反で10年以上ゴールド免許を更新中だ。
けれど、私自身は特別運転が上手い訳ではない。
 
「次の曲がり角から人が飛び出してくるかも」
「対向車で見えないけど、次の車がくるかも。信号が変わるまで待とう」
 
「大丈夫かも」では進まない。突然人が飛び出してきた時に、華麗なハンドル捌きで避けられるほどの運転技術も持っていない。たまに曲がり角から人が出てくると、親友の顔が頭をよぎるのだ。それが私の“ブレーキ“になっているのかもしれない。
 
車を運転する大半の人間が、特別運転技術があるわけでもないだろう。けれど、「人が飛び出てきた時、避けられるのか?」と疑問を抱くような無茶な運転をする。誰もが交通事故は怖いと思っているはずなのに、どうして事故は無くならないのだろう。
 
その答えは、「交通事故への身を持った恐怖」にあるのではないだろうか。
 
父の言葉がヒントだった。私の父親は未舗装路面のコースを走行するタイムトライアル競技、「モータースポーツ」が趣味で、自宅にはたくさんのトロフィーや盾が飾られている。自分で改造した競技用の車を走らせているのだ。当然、車の運転は上手く、公道では安全運転をしている。
そんな父が、実家の前の見通しの悪い道路をビュンビュン車が通っていくのを見て、苦言を漏らしていた。
 
「あんな速度じゃ、人が飛び出してきても避けられるわけがない」
 
バイパスと並行するセンターラインのない県道は、信号がなく、抜け道として使う車が多い。くねくね道にもかかわらず、制限速度を軽く上回るスピードで走り抜けていく。
モータースポーツで賞を取る父ですら「避けられるわけがない」と言うスピードで車を走らせている運転手は、運転の達人なのだろうか。おそらく、事故を念頭に置いていないのだ。だから、よく事故が起きている。
 
「時速60kmで鉄の塊が走るんだぞ。危なくないわけがない」
 
便利だが、自分の判断と操作一つで死を招く。車はそんな乗り物だ。父は、車を運転することの怖さを身をもって知っている。だから、無茶な運転はしないし、公道ではこれ見よがしにスピードを出したりしない。
 
事故現場を目にすれば、誰もが「気をつけよう」と思うだろう。けれど、すぐに、忘れてしまうのだ。常に頭に“交通事故“の怖さがあるのは、「強烈な恐怖体験」がある人だけではなかろうか。
 
私は高校生の時に親友を交通事故で亡くし、車の怖さを知った。父は何度もモータースポーツの世界で、車が吹っ飛び、鉄の塊が潰れる場面も目にしている。
 
忘れられない恐怖があるから、慎重になるのだ。
 
車を運転することの恐怖を身をもって体感しない限り、事故は無くならないのかもしれない。悲しいけれど、私はそう感じている。けれど、誰にも交通事故の恐怖を体感して欲しくはない。この矛盾した答えは、答えになっていないのかもしれない。
 
スピーカーから、息を絞り出すように最後のフレーズが繰り返された。
 
私は大きく息を吸い込むと、アクセルを踏んで夜の闇に車を滑らせる。
 
車体を叩く雨音は、いつ止むのだろうか。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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