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モテたくて……夏 〜恵比寿疾走事件回顧録〜


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上遥(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
鼻の下を伸ばした時、私の人生は大抵失敗する。
 
これが、三十年弱にわたる歳月の中で私が見出した法則である。
 
 
程度の差こそあれ、人には「モテたい」という根源的欲求がある。
無論、私も類に違わず、その根源的欲求の赴くままに多様な挑戦を繰り返してきた。しかし私の場合は往々にしてうまくいかず、それどころか手痛い失敗につながる場合の方が多いのだ。モテたいという下心をチラリと覗かせ、鼻の下を伸ばした瞬間に痛い目を見るという教訓を、私は数限りない失敗からようやく理解することができた。
 
その失敗の一つが、「恵比寿疾走事件」である。
 
 
 
社会人となって数年が経過した頃の、ある夏の日のことである。
私は友人二人から「恵比寿にある出会いバーに行こう」という誘いを受けていた。
「何それ……? 怖いところ……?」と尋ねると、「そこそこいい年齢の男女たちが、入場料を支払い、アルコールを摂取しながら交友する場」だという。最初は「そんな場所、私にはお門違いだ」と断ったのだが、「まあまあまあ」「人多い方が入場料安くなるんだよ」「しかも、意外とお前みたいな地味なタイプがモテたりするらしいよ」「そうそうそう」と言葉巧みに誘導され、結局その誘いを了承してしまったのだ。
友人たちの口車にすっかり乗せられてしまった私は、「モテまくっちゃったらど〜〜〜しよ!!?(どーする!?)」などと脳内でお気楽なカーニバルを繰り広げながら、来たる日を待ち遠しく思っていた。
何度振り返っても、阿呆丸出しである。
 
 
「お前、本当にその格好で行くの?」
 
迎えた当日、友人たちは【アイロンのかかったシャツ】に【シワ一つないチノパン】、【ピカピカの革靴】という颯爽とした出立ちであった。
対する私はというと、【どでかいバナナがプリントされたTシャツ】に【ヨレヨレのGパン】、そして【近所のコンビニへ行く時にも履いているサンダル】という格好である。
「やっぱこいつ呼ぶべきじゃなかった」という失望の眼差しを背中に受けつつ、私はしっかりお高めの入場料を支払って、店内へと進んでいった。
 
目の前に広がっていた光景を一言で表すのならば、「異世界」であろう。
店内には“レッツ★パーリィ♪”的な曲調のBGMが爆音で鳴り響き、狭いフロアに人がごった返していた。テーブル席もあるが、どこも初対面同士と見られる男女のグループで埋め尽くされている。「バー」というよりは「クラブ」に近い雰囲気であった(なお、クラブに行ったことがないので、あくまでイメージです)。
友人二人は「すげぇな」「テンション上がってきた〜」と目をキラキラさせている。一方の私は、明らかに自分とは不釣り合いの場所に来てしまったことを自覚し始めていた。
 
とにもかくにも、行動しないことには何も始まらない。私たちはバーカウンターらしき場所でビールを受け取り、ウロウロ歩き回ってみることにした。しかし、一向に女性と話すタイミングは訪れない。段々と居心地の悪さを感じ始めていた私は、「ちょっとトイレ行ってくる」と言って、一旦その場を離れた。
そして戻ってきた時、私は信じられない光景を目にした。
友人二人が、見知らぬ女性二人とテーブルを囲んでいたのである。
やられた。どうやら友人たちは、明らかに足手まといとなっている私を(そもそも足手まといになっているのが悪いのだが)見捨てて、その女性二人に声をかけたらしい。姑息な奴らめ。
 
しかし、それが逆に私の闘志に火をつけた。「一人だろうが、やってやらあ!」と、とにかく誰かしらに声をかけるべく、一人で店内を巡回し始める。しかし、話しかけることもできなければ、話しかけられることもない。何度か友人たちのテーブルの前をさりげなく横切ったが、明確に無視された。薄情な奴らめ。
次第に「なんかこいつ、さっきもこの辺歩いてたな……」という視線が向けられるのを感じるようになっていった。居心地の悪さが凄まじい勢いで加速していく。それでも私は「頑張れ頑張れできるできる絶対できる」と自分を鼓舞しながら巡回を続けた。なんと涙ぐましい姿勢だろうか。全ては「モテ」のためである。「もういいから、早く帰ってゲームして寝な」と当時の私に言ってやりたい。
そして、ついに店の片隅で一人グラスを傾けている女性を発見した。よし、ここからが本番だ。すっかりぬるくなったビールを一口飲み、気合を入れる。「モテ」への道はすぐ目の前に広がっている。あとは勇気を持って進むだけだ!
 
姿勢を伸ばし、一歩踏み出す。
その瞬間、背後から放たれた女性の一言が、私の耳にするりと入り込んできた。
 
 
「なんか、中学生みたいなやついるんだけど」
 
 
――なんか、中学生みたいなやついるんだけどーー
 
 
――なんか、中学生みたいなやついるんだけどーー
 
 
――なんか、中学生みたいなやついるんだけどーー
 
 
女性の一言が、脳内を何度も何度も駆け巡る。
 
こうした喧騒の中でも、自分に関する発言には瞬時に気がつくことができる心理的効果のことを「カクテルパーティー効果」と呼ぶらしい。なるほど、これはすごい効果だ。
同時に、体中がカァーッと熱くなるのを感じた。「顔から火が出るほど……」とはよく言ったものだ。その時、私の顔面はおそらく、銭湯の熱めのお湯くらいには熱を帯びていただろう。
 
そうした二つの学びを得たところで、ふう、と深呼吸する。
 
 
 
そして私は、出口に向かって全力で駆け出した。
 
 
 
「再入場には料金が発生しますが、いいんですか?」と係の人に言われたが「あ、大丈夫です」と即答した。全く問題ない。誰が再入場などするものか。むしろ金を払ってもいいから出してくれ。店を出ても顔面の火照りはおさまらず、そのまま駅まで全力疾走した。
 
ここではないどこかへ行きたいーー。
 
その一心で走り続けていると、ふと本屋の看板が目に飛び込んできた。そのまま店内になだれ込み、平積みになっていた本の中から伊坂幸太郎氏の「アイネクライネナハトムジーク」を爆速で購入する。そして隣の喫茶店でアイスコーヒー(Lサイズ)を注文してカウンターに座り、一目散に本の世界へと逃げ込んだのであった。
 
最初に読書を「旅に出る」ことになぞらえたのは、誰なのだろう。その時、私はまさに旅に出ており、自身の身に起きた恥ずかしすぎる失態を束の間忘れることができた。
徐々に冷静さを取り戻し始めた私は、改めて自分の軽率さを呪った。そして冒頭にも述べた「鼻の下を伸ばした時、私の人生は大抵失敗する」という教訓を、改めて深く、それはもう深く己の魂に刻み込んだのである。
 
 
 
スマホがヴンヴンと唸り、私は現実へと引き戻される。そういえば、友人たちに何も言わず出てきてしまった。
「どこにいんの?」という連絡に「駅前の喫茶店にいます」と送る。
すかさず「なんで?」と返信が届く。
 
さて、この状況を友人たちにどう説明したものか。
本に栞を挟み、私は頭を抱えたのだった。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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