メディアグランプリ

言い間違いはスパイスだ。


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記事:武山世里子(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
母:あんた、そんな恰好あかんと思うわ。
娘:そんな恰好ってどんな格好やねん。
母:さっきお店でしゃがんだ時、パンテー丸見えやったわ。めっさあかんわ、あんなん。
娘:何やねん、パンテーて。
 
これは、70代の母親と娘の私とのやりとりだ。
彼女は、パンティーと言えず、パンテーになる。
何十年も母親の「パンテー」を耳にしてきたが、
うんざりしながらも、どうしても突っ込んでしまう。
「なんでパンテーやねん」
 
家族がどれだけ指摘しても、改善できない。
パンテーだけではない。
テーシャツ、クリスマスパーテー、クロマテーetc.
ティーがテーになる。
家族では、母のテー問題と言って、小さなイラッを何とかやり過ごしている。
 
しかし、家族以外に発せられるこの「テー」問題は、問題とはなっていないのだ。
母:レモンテ―下さい。
カフェ店員:ホットですかアイスですか?
母:アイステー、あ、やっぱりホットテーで。
 
店員さんが一瞬「にやっ」としたのを見逃がさなかった。
本当は「レンモンテ―って何やねん!」と突っ込みたくなった。
しかし、客の手前、それをぐっとこらえて、にやけたんだと思う。
店員さんは「テー テー」を連呼する初老の女性がきっと面白かったに違いない。
 
たいていの場合は、ニヤッとされたり、失笑されて、その場の空気はなんだか和む。
 
 
ある、スーパー銭湯でのことだ。
年配のご婦人が風呂仲間の女性に話をしているのが聞こえてきた。
「先週、岐阜の温泉行ってきたわ。源泉垂れ流しで、ええお湯やったわ」
仲間の女性が「垂れ流しって!」と即座に突っ込んだ。
「垂れ流し」と言った女性はこの時まで、「かけ流し」を「垂れ流し」と思っていたそうだ。
「私、垂れ流しって言い続けてきたわ。誰も教えてくれへんかったんや。冷たいなあ!」と逆切れしていた。
 
私を含む、周囲の人たち数名が声を出して笑った。
「垂れ流しって、言い続けてきはったんや」と笑いがこみあげてきた。
きっと、彼女の「垂れ流し」を聞いてきた人たちは、にやけていたに違いない。
それを想像するといつまでもニヤニヤしていた。
ポカポカのお風呂が、もっともっとあたたかくなった。
 
 
2012年ロンドンオリンピックの柔道日本代表発表記者会見をYouTube観てしまった。
吉村強化委員長の「伝説的記者会見」だ。
これは観てしまった、というしかない。
頭にこびりついて離れない。
ふと頭によぎると、所かまわずにやけてしまう。
電車に乗ってようが、会議であろうが、この伝説的記者会見は、私のコントロールを奪ってしまった。
それはまさしく「伝説的記者会見」と呼ばれるにふさわしものだった。
 
代表選手の名前が発表される張り詰めた空気の中、吉村委員長が女子選手の体重別の階級と、名前を発表した。女子選手の発表が終わると男子選手に移った。
 
57キョロ級 まつもとかおり
63キョロキログラム級 うえのよしえ
70キロクキログロム級 たちもとはるか
78キロクングラム級 おがたあかり
 
この後も、最後までまともに、「キログラム級」が言えずに進んでいった。
男子選手の発表は、さらに間違え方が激しくなった。
 
どくじゅっ フフフ 66キロギュラム級 えびぬままさしィ フフ
81キロクッキラム級 なかいたかひろ
 
もうめちゃくちゃだった。
この言い間違いは、何度見ても腹の底から笑ってしまう。
言い間違いを最後まで修正できなかった強化対策委員長も
激しい言い間違いの後に自分の名前が呼ばれて、必死で顔を崩さず返事をする選手も
委員長の隣で、「やめてくれ~!」の表情で下を向く、男子、女子の両監督も
全員が真剣そのもので最高だった。
 
この言い間違いを責めた人はおそらくいないのではないかと思う。
責めるどころか「思い出に残る会見をありがとう」と感謝されたのではないかと思う。
YouTubeのコメントも、
「サイコー」
「この先10年たっても色あせない傑作」
など、ポジティブな内容のものばかりだった。
本人も、選手も、関係者も、会見終了後は腹を抱えて笑ったのではないだろか。
そして、張り詰めた緊張感のまま、重々しく進行された会見より、ずっと思い出に残るものになったに違いない。
 
言い間違いってすごい。
どんな場でも、空気を変える爆発力を持っている。
気のきいたジョークよりも、自然に空気を和ませる。
言い間違いは、神様がくれた言葉のスパイスなのかもしれない。
このスパイスを振りかけると、その場がさらに良いものになる。
 
しかし、「言い間違い」という言葉のスパイスをより効果的に効かせるための条件がある。
そのスパイスを振りかけられたときは、
きちんと反応することだ。
簡単だ。
「あはっ」とにやければいい。
上級者は、突っ込めばいい。
ただそれだけ。
 
私はこれからも、「言い間違い」に反応していくだろう。
そして、言い間違いのスパイスを最大限に利用して、その場の空気を良いものできたらいいなと思う。
小さな取るに足りないことかもしれないけれど。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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