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メディアグランプリ

土の温度 ー グルグルちゃんが本当に欲しかったもの


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:香山ハク (ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
湯たんぽがかかせない季節になった。わたしの愛用は2年まえにY子からプレゼントしてもらった陶器の湯たんぽだ。
金色のツリー模様が描かれたクリスマスの包装紙にそれは包まれていた。冷え症が年々ひどくなるの、というわたしの言葉を彼女が覚えてくれていたのだ。
 
「きっと気にいるわ」Y子から手渡されたとき、それまで鉄かポリエチレン製の湯たんぽしか知らなかったわたしは、そのズッシリとした重厚感に驚いた。
 
Y子によれば、ひとつひとつ焼いた陶器の湯たんぽの使い心地は特別で、何にも似ていないらしい。寒い夜に人肌のようにそっと寄り添ってくれるようなやさしい温度。リラックス効果で深い眠りが得られると言う。
わたしは「人肌とか求めてないし」とムキになりそうになるのを抑えて包み紙を剥がし、お湯の入っていない冷たく大きな空の陶器をぼんやり眺めていた。
「きっと温まるよ」無言のわたしにY子は静かに微笑んだ。
 
夜、ケトルにたっぷりとお湯をわかして湯たんぽに注ぐ。
キッチンが湯気で白くなり、陶器がゆっくりとお湯を吸いこむのがわかる。
蓋を閉じるときキュキュッと小動物が鳴くような音がする。それだけでなぜか楽しくなる。
バスタオルを巻いて両手で抱えるようにベッドまで湯たんぽを運ぶ。
湯たんぽはお湯を入れるとますます重く、わたしは自然と慎重な動きになる。
布団をめくり湯たんぽを忍ばせる。まるで赤ちゃんをそっと寝かせているみたいだ。
 
陶器の湯たんぽを使いはじめてから夜中に目覚めてしまうことがなく、朝までぐっすり眠れるから不思議だ。
この感覚はなんだろう。電気カーペットのような皮膚を刺激する温め方ではなく、足元からじょじょに全身に滲み渡るような、真冬の露天風呂に浸かったときのいつまでも身体の芯からポカポカする余韻。なにより陶器製という自然素材の穏やかなぬくもりは、これまでのわたしの湯たんぽのイメージを変えてしまったのだ。
 
ほっと眠りに就く。布団の中で陶器の丸みに足の指を添わせる。
ふっくらしたフォルムは、陶芸家が土を練り、成形して釉薬をかけ、乾燥させてから窯で焼くという丁寧なプロセスを想像させる。それは土を通して太古の時代からつづいてきた人類のぬくもりなのだと想う。土本来が記憶してきた心に伝わる温度。
 
そうか。だから何にも似ていないんだ。
わたしはベッドから這い出して全力でY子にお礼を言いたくなった。
 
 
幼いころ、母が毎晩のように湯たんぽを準備してくれていた。身体が弱く、しょっちゅう熱を出したり赤切れがひどかったわたしの血行を良くするため、母があれこれ工夫を凝らした。それは時に暑苦しく、わたしを窮屈にした。
 
女の子は身体を冷やしちゃダメよ。夏でも腹巻き。手首足首は見せちゃダメ。眠るときは靴下3枚。絶対、熱が逃げないようにするのよ。ねえ、わかった?強くなるのよ。
言われるまま夏でも腹巻きと靴下3枚ばきでいたわたしは、あだ名を『グルグルちゃん』と呼ばれていた。赤や黄色の子供っぽい毛糸のマフラーを首にぐるぐる巻きにして登校していたからだ。
 
4年生になるころ、急に恥ずかしくなってぜんぶやめた。カラフルなマフラーもレッグウォーマーも母がわたしのために編んだすべてが、なにもかも冴えない馬鹿馬鹿しいものとして映った。
 
やがてわたしは家の中でほとんど喋らなくなった。それでも相変わらずわたしのベッドにはいつも湯たんぽがあった。それは鉄製で硬く、熱いほどの温度を保ってわたしを待っていた。
布団の中の熱の塊はわたしを逃すまいとする母そのもののようで、わたしの足は張り詰めたように硬くなるのだった。
 
その頃の母の歳をとうに越えたわたしは、数年前から再び湯たんぽを必要とするようになった。
ポリエチレン製の湯たんぽを選んでいたのは硬い素材が苦手だからだ。ポリのふにゃっとした弾力がオモチャみたいで気が楽だ。
鉄製のように頑なに熱を逃さないモノとはほど遠い、良い意味でいい加減な存在感がわたしを安心させた。それは愛情という名の母の束縛から逃れたかったあの頃の幼いわたしが求めていた感触だった。
 
その母も80歳を超え、随分とやわらかくなった。深かった眉間の皺が消え話す声もゆるい。
わたしをぐるぐる巻きにしていたあの頃、母は、父の転勤で知り合いのいないこの町に移ったばかりで、きっと心細かったのだろう。
その不安は、天真爛漫な子どもが眩しく見え、心の距離を感じていたのかもしれない。もしかしたら、家を空けることの多かった父と上手くいっていなかったのかもしれない。
本当のことはわからない。わからなくていいのだとひと回り小さくなった母を見て思う。
 
わたしを温めたかった。強くなってほしかった。淋しかった。
ただ、それだけだ。
 
 
2年越しでY子にクリスマスプレゼントのお返しを渡した。去年から通っている陶芸教室で創ったマグカップだ。少しだけ曲がってしまったけれど、土の記憶が彼女をいつまでも温めてくれはず。
 
 
 
 
***
 
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2022-12-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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