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「令和の侍が、侍である理由」

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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大西 洋人(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
 
 
勝利の女神は、想像を超えたプレゼントを用意していた。
それも、最後の最後に。
生来のスポーツ好きを、この時ほど感謝したことはない。
彼の真摯な努力を、彼女は間違いなく見逃さなかったのだ。
 
2022年10月3日。
神宮球場は異様な興奮に包まれていた。
東京ヤクルトスワローズ 対 横浜DeNAベイスターズ 最終戦。
ヤクルトは、9月末にすでに優勝を決めている。
 
ファンの注目は別にあった。
王 貞治 選手の持つ、日本人ホームラン王記録である55本。
その記録が塗り替えられるか、否か。
22歳の若きヤクルトの主砲、村上 宗隆 選手が、
最終打席を迎えていたのだ。
 
高校通算 52本塁打。
ニックネームは「肥後のベーブ・ルース」。
その実績をひっさげ、2017年の秋にヤクルトに入団した村上選手は、
瞬く間に頭角を現した。
 
1年目の6月に月間MVP(2軍)を受賞。
その年の9月には1軍に昇格し、いきなりホームランを放つ。
2年目は、開幕1軍スタメンからのスタート。
36本塁打、96打点の好成績で、新人王を受賞する。
 
2020年 打率307  本塁打28(リーグ2位) 打点86(リーグ2位)
2021年 打率278  本塁打39(リーグ1位) 打点112(リーグ2位)
 
着実に実績を積み上げ、
「令和のホームランバッターは村上」
「いや、彼なら三冠王も夢ではないのでは」
周囲の期待は否応なく増していった。
 
そして今年。
大きな飛躍を迎えた。
夏場までに順調にホームランを量産し、
9月2日にシーズン50号を達成。
9日には53号を放ち、
日本国籍の選手における最多本塁打記録を更新。
13日にはとうとう、55号に到達。
王 貞治 選手が持つ日本人登録選手のプロ野球シーズン最多タイ記録に
58年ぶりに並んだのだ。
 
しかし、運命は時として残酷だ。
本塁打どころか、安打すら出ない日々が続き、
不調の一途を辿っていく。
 
その後の13試合 安打5 (この時点で三振20)
 
「よく打っていたときは右足を上げて、
左足に(重心が)乗る時間があるんですけど、
今は軸足に乗る時間が少ないんですよ。
だから“間”がないですし、ゆったりタイミングをとれていない。
いまはボールを“線”ではなく“点”で捕らえているので調子が落ちている。
ボールが上がらないので強引に振りにいって、
引っ張ったらゴロが多いという悪循環になっている」
(福岡ソフトバンクホークスで活躍した「平成唯一の三冠王」 松中 信彦 氏)
 
「ホームランを打ちたい=引っ張りになる。
引っ張ろうとしているが、やや踵(かかと)重心になっている。
打席の中で外のボールに踏み込んでいるが、
踵重心のままでは外からくる球は、とんでもなく遠く見えているはずです」
(ヤクルト、日本ハムなど4球団で捕手として活躍した 野口 寿浩 氏)
 
共通しているのは
「引っ張りにいっている」という事実。
素人が言葉を挟むのは口幅ったいが、
野球を多少なりともかじったことがあるから、よくわかる。
 
ホームランには距離が要る。
ボールを手元ギリギリまでひきつけ、
巻き込んで打った方が、距離が出やすい。
俗に言う、引っ張るという技術。
右打者なら左中間に、左打者なら右中間にホームランが多いのは、
そういう理由である。
 
ところが、打ちたいあまりに気持ちがはやると、
後ろ足から前足へと重心が早く移動してしまい、
タイミングがズレたまま、強引に打ちにいってしまう。
体重を十分にボールに乗せられないのだ。
生まれるのは、ゴロの山ばかり。
 
重心は内外角のボールに瞬時に対応できるよう、
やや爪先に置いておくのがベター。
それが踵に乗ってしまうと、
最初から腰が引けたまま打つことになる。
その分、外角のボールに届きにくい。
その状態で強引に振りに行こうとするから、
三振か凡打を連発するのだ。
 
55号を達成した時点で、
記録を塗り替えるのは時間がかかると思っていた。
しかし、これほどまでに長引く、とも思っていなかったのも事実だ。
凡打が続き、苦悶の表情を浮かべる村上選手。
よほど苦しんでいたのだろう。
そのプレッシャーたるや、僕のような一ファンにとって、
想像の域を超えたものに違いなかった。
 
そうして迎えた7回裏の第4打席。
マウンドにはDeNAベイスターズ 5番手の 入江 大生 投手。
初球、内角高めに投じられた151キロのストレート。
振り抜かれたボールはきれいな放物線を描き、右中間にスタンドイン。
手を叩いてガッツポーズを決め、雄叫びを上げる、村上選手。
人差し指を突き上げながら、ゆっくりとダイヤモンドを一周し始める。
「よくやった! よくやった、村上!!」
テレビの前で、僕は思わず叫んでいた。
 
「セ・リーグ連覇」
「三冠王」
「日本人選手初のシーズン最多本塁打 56号」
今年、彼が達成した記録の一覧である。
 
「苦しみながらももがき続け、野球のことを考え続け、
調子が良くないとわかりながら打席に立つ恐怖感もあった」
 
後日、彼はそう語っている。
好不調に関わらず、否応なく打席は回ってくる。
周囲の期待は高まるばかり。
けれど、それに応えることができない。
もどかしさ、歯がゆさ、情けなさ、迷い、不安、恐怖…
バッターボックスで、相手投手とは別に、
「葛藤」というもう一つの敵とも戦っていたのだ。
 
最後に、こう締めくくった。
 
「55本を打ってから、最後に56本打って終わりましたけど、
踏ん張って踏ん張って、試合に出続けた結果が56本だと思っています」
 
「踏ん張って、試合に出続けた」から、最後に勝利の女神が微笑んだのだろう。
 
勝者と敗者。
スポーツほど、その結果が如実に、
そして時に残酷なまでに示される世界は、そうそうない。
野球のバッターに限って言えば、成功率は3割弱。
しかし、その3割を達成するために、
日夜、バットを振り続け、打席に立ち続ける。
 
一切の弁解なく、結果を引き受ける覚悟。
心身賭して使命を果たそうとする姿勢。
今ではめったに目にすることのない、
まるで侍のような矜持を彷彿とさせる戦いぶりの一端が、
今回の軌跡から垣間見えた。
 
だから、心打たれる。
令和の侍、村上 宗隆。
侍が侍たる所以である。
 
 
 
 
【出典 および 参考文献】
Wikipedia
村上 宗隆
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%B8%8A%E5%AE%97%E9%9A%86
 
松中 信彦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E4%B8%AD%E4%BF%A1%E5%BD%A6
 
野口 寿浩
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E5%8F%A3%E5%AF%BF%E6%B5%A9
 
第97回 全国高等学校野球選手権大会
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC97%E5%9B%9E%E5%85%A8%E5%9B%BD%E9%AB%98%E7%AD%89%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E9%87%8E%E7%90%83%E9%81%B8%E6%89%8B%E6%A8%A9%E5%A4%A7%E4%BC%9A
 
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Yahoo Japanニュース
ヤクルト・村上はなぜ不調なのか?“三冠王”松中氏が修正ポイント指摘
https://news.yahoo.co.jp/articles/a0e92689b4c0ffffa8874a0a7653ee18f1f959ab
 
「3つのプレッシャー」乗り越えた村上56号・スタンド生観戦記
https://news.yahoo.co.jp/articles/59068d52787a59516160ad67aa1c60b129db91ff
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2023-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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