知らない思い出を知っている彼女の話
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:西田 七海(ライティング・ゼミ冬休み集中コース)
彼女の歌を初めて耳にしたとき、私は泣いた。
彼女が消え入りそうな、そんな気がしたからだ。
彼女の身体から発される音は、閉ざされた遊園地へのチケットだ。
アコースティックギターと、達観した少女の声。たったそれだけで夕闇の遊園地へ誘う彼女は、遊び疲れて帰路につく人々の流れに逆らうように誘導する。疲労感、高揚感、哀傷、追想、名残惜しさ。「今日、来てよかったね」に含有される感情から、哀しみを見つけて引き取る。そうして遂に誰も居なくなった遊園地で、遊ぶ。わくわくするはずのアトラクションには迫力もなく、レールの音だけが無機質に響く。物悲しいのに、まだ帰りたくないと思ってしまう。
シンプルな楽器編成と、アコースティックギターをつま弾いて震える空気の揺れ、そして、大人な少女のような声の音。その一つひとつが彼女だけの世界観を作り上げている。初めて聴く曲であっても、馴染みやすさを感じられるのは、いつかどこかで彼女にあったことがあるのではないかという既視感。郷愁にも似た音楽と寝物語のようなストーリーに、自分の中へすとん、と落ちる感覚を覚える。
郷愁と哀しさに滲む夕日を、彼女の歌の先に見た。
彼女の書く詩は、フォトアルバムだ。
一枚、ページを捲る度に、収められた写真の風景に自分を投影することが出来る。だが、自分がそのシーンの主人公になるのではなく、ただ第三者目線で捉えている。だというのに、その場にいる人の想いを容易く汲み取ることが出来る。自分とその人が同機しているようで、しかし同一人物ではない。それは、こんな事もあったよね、とアルバムを見て懐古するのと、似ている。
彼女の歌詞は、一人称で描かれる事が多い。その為か、誰かの日常のワンシーンに溶け込んでいるような錯覚を覚える。明らかに空想の世界を物語っているとしても、それを日時として捉える事が出来る。映し出される時の流れは緩やかで、それは誰かにとって他愛のない数秒間。しかし、たった刹那に対して、真摯に向き合う。画角を調整し、ピントを合わせて、その一瞬に名前を付ける。丁寧に、大切に、一瞬を扱う。だからだろう、彼女の歌詞はさも自分の一部を映したもののように感じられる。経験のないシチュエーションを描いている曲だとしても、琴線に触れる。
どれだけ経験したことのない状況でも、身近な感情がその写真には描かれてる。
彼女が放つ歌たちは、哀しい思い出のようだ。
経験にはない事でも、自分の事のように思い浮かべることが出来る。思い起こされる感情にはいつだって同調することができる。けれども、懐かしんで振り返ってみれば、「あれ、これって私の経験? それとも友達の話だっけ?」と、曖昧なものでもある。あの時見た夕焼けの色で、いつでも心を震わせられるのに、何歳の頃に行った場所か思い出せない。写真の彼女と同じ哀し気な表情を浮かべる事は出来るのに、それは私の記憶ではないような気がする。時間が経って改ざんしてしまう記憶として息を潜め、いつか無意識の底に沈んで、砂糖水のように溶けてしまう。
思い出はすべて覚えてはいられない。だから、彼女もまた消えてしまうのではないだろうか、と不安になってしまう。
だからここに、私は彼女の事を書いている。
彼女のライブに足を運んだ事がある。落とされた照明、小鳥のモビール、ギターのエフェクト、彼女の歌声、表情、空気、私の涙。すべて思い起こせるのに、セットリストは諳んじることができない。MCで話していた、元カレの話も正直すべて覚えている訳ではない。けれど、お守りとして心に宿した曲も、歌詞の一文字目で感涙してしまった曲も、架空の言葉で彩られた曲も、しっかりこの身体で、心で、体感した実体験である。
彼女の歌を初めて聴いた時、私は泣いた。
消え入りそうな彼女が、初対面の私の心をしっかりと、確実に震わせていたから。
思い出のような彼女が、今を生きる人だと知ったから。
歌も、彼女も、実在している。
今を生きる彼女の姿が、私のプレイリストには息づいている。
「日向文」、日向と文で苗字と名前に分けない、日向文だ。
いつか、もしかしたら、今。
本当にあった一秒に立ち返りたくなったら。
ぼやけた一瞬に心を震わせたくなったら。
知らない景色を自分のものにしたくなったら。
一度彼女の歌を聴いて欲しい。
きっと、貴方の心に馴染む、知らない色を投影してくれるだろうから。
***
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