友人的資産
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記事:三好 健(ライティング・ゼミ10月コース)
「ケンちゃん、なんか食べる?」
栃木にある実家に帰省すると、母は大抵、僕にそう尋ねる。
「うん、食べる」
そして僕も大抵、そう応える。あまりお腹が空いていなくても。
母の食事を僕は、空腹を満たすために食べるというよりも、母と時間を大切にするために、食べているのだと思う。食べたものが、思い出になるのだ、きっと。
母は数年前に70歳を超えたが、身内というひいき目に見ても、同年代の女性と比較しても若々しく見える。
常用する薬もなく、大きな病気もない。週に一度は鍼灸院へ行き、鍼を打って健康を維持している。
食事も小食で、過度には食べない。僕や孫が居ないときは、ストーブも付けずに過ごしているようだった。
台所のガスコンロの上では、小さめの鍋で、たくさんの種類の根菜類がぐつぐつと煮えていた。
人参、蓮根、大根、牛蒡、里芋……色々。
冷蔵庫の中からは、作り置きのサラダ。炊飯ジャーを開けたときに香るご飯は、良い香りだ。父の実家がある香川県から送られてきている米だ。
テーブルに並んだ料理を、iPhoneのカメラで撮る。決して「映える」画ではない。
歳を重ねた母。オッサンになった僕。母の料理を食べられるのは、あと何度だろうか。
僕にとって実家が「自宅」であったころは、テーブルに並ぶ母の料理なんてものは、「当たり前」だった。
でも、家族を持った僕にとっては、母の料理は当たり前ではなく、特別な物になった。
そしていつか、思い出の中だけに存在する日が来るのだろう。
茶色い煮物は素朴な味で、とても身体に良さそうな気がした。
僕が食事を食べ終わると、続いて果物やらお菓子が出てくる。
母の頭の中では、僕は成長期のまま時間が止まっているのではないかと思ってしまう。おかげで、実家で過ごす間は、空腹感を感じる暇がない。
「ばあばー!」隣の部屋から、僕の娘が母を呼ぶ声がする。
「なに、どうしたの」といいながら、小学生の孫の相手をし始めた。
母はゆずや星野源が好きで、コロナ禍以前は、母は一人でコンサートに行っていた。ゆずの情報を調べたり、コンサートを予約するために母はiPhoneを覚えた。
30年来の付き合いのある友人グループと一緒に、年に一度は温泉旅行にも行っている。旅行に行くために、5回目のコロナワクチンを接種したそうだ。
母が若々しいのはきっと、人との関わりを常に持っているからだと思う。
友人と繋がり、好きな芸能人がいて、孫が来ればミシンを使って得意の裁縫技術を披露する。
母はまだまだ苦労が絶えないところもあるけれど、それでも充実した日々を過ごしているようにみえる。
僕は、今の母と同じ年齢になったときに、ちゃんと生活できているだろうか。
そう不安になるのは、今の父に、未来の自分を投影しているからだと思う。
父は母とは正反対。20年近く前の心筋梗塞を皮切りに、色んな病気を患ってきた。
病気の後遺症のせいもあり、若い頃から続けてきた趣味はできなくなり、外出も出来なくなった。
コロナ禍と病気を切掛けに、仕事もなくなった。
趣味と仕事が出来なくなった父は、友人関係もなくなった。
家の中だけで過ごす父。その中で生きがいを見いだすのは難しい。
今では、テレビでマラソンや駅伝、剣道の試合を見るのが数少ない趣味となっている。
何とか、生きがいを作ってあげられたらと思うのだけれど。
自分自身が老後にしっかりと生きるためには、きっと、母のように継続した友人関係を維持していくことが大切なのだと思う。
趣味は、ある程度は自分の好きなタイミングで始められる。特に一人で出来るような趣味であれば。やりたくなったときに踏み出せる勇気さえあれば、いつでもできる。
でも、友人関係は相手が必要だし、関係性の醸成には時間が掛かる。
若かりし頃は、友人というのは絶え間なく現れては、消えていき、そして新たな友人が現れる。だから、人間関係は煩わしいと感じることはあっても、重要性を感じることは少ないかも知れない。
しかし年を取ると、友人とは疎遠になりやすく、努力してメンテナンスをしなければ、消えていくばかり。
かといって、なかなか新しい友人というのも出来づらい。
けれども、友人の数と密度が、老後の生活の彩り、充実度、寿命を左右しているだろう事は、母と父を見ていれば確信が持てる。
老後を生きるには金銭的な資産が必要だが、同じくらい、いや、もしかするとそれ以上に、友人という資産がなければ人は生きていけないのだと思う。
人生100年時代。友人とつながり続ける努力をしよう。
お金を増やすために資財を投ずるのなら、友人資産を増やすために、自分の時間を投ずる。
思えば、母の行動はいつも誰かの「ため」なのだ。
子のために料理を作り、孫のためにミシンでお手玉を作り、ゆずの為にiPhoneを覚え、友人とはメールやLINEで会話をする。
僕も常に、誰かの為にありたいと思う。
***
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