メディアグランプリ

「言えない思い」が引き出しを増やす


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:宮脇真礼(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
有名なジブリ映画『千と千尋の神隠し』で必ず目を奪われてしまう、ボイラー室で働く釜爺の背後にそびえる壁一面の引き出し。薬を調合するためのさまざまな材料が入っている薬箪笥だ。
けれどあれを見ると、「自分の中にもこれだけ言葉や話題の引き出しが欲しいわあ」と、外れたことを思ってしまうのである。
 
語彙力を増やしたい、面白い話ができる人になりたい、というのはずっと思っていることだ。
一緒にいる人が楽しんでくれたらうれしいし、つまらない奴と思われたくないという切実な思いもある。
 
少し検索すれば、それらを増やすためにおすすめされている方法はいくつかヒットする。
まずはたくさんインプットをすること。本を読んだり、いろんな体験をしたりすれば、おのずと話を調合する素材は増える。
次に、それらを日常会話で取り入れたり、より盛り上がる話し方を試したりとアウトプットする経験を増やすこと。
簡単にいえば、おそらくそんなふうに説明できるものだ。
御多分に洩れず私も、TPOに会った表現が身に付く本を買ってみたり、「これは後々面白おかしく話せそうだ」と思ってわざわざ素っ頓狂なことに頭から突っ込んでみたりすることもある。
 
とはいえ、そうした指南書は毎日読みたいと思えるほどわくわくする内容ではないし、日常会話は結局使い慣れた言葉に逃げてしまう。インプットもアウトプットも、真面目にこなすのはやっぱり難しい。
 
そんなあるとき、不意に自分の引き出しが増えているように感じた瞬間があった。
何が効果的にはたらいたのかを振り返ってみて、思い当たったのが自分の中の「NGワード」の存在である。
 
私は、あるときから二つの話題を避けるようになっていた。
人と話しているときにその内容に入りそうになると、自然と頭が回転して会話の軌道をうまいこと変えている自分がいる。
 
お題のワードを当てるゲームなどでも同じようなものがある。出題者がそのワードのヒントをみんなに出す際に、「カタカナ語を使用してはいけない」などのNGルールが設けられているのだ。
それがゲームをより難しく、複雑にさせるだけでなく、思いがけない展開が生まれて結果的により面白くなったりする。
そのように、会話の回り道が気づけば私の中に新たな引き出しを与えるきっかけになっていた。
 
ワードゲームのように楽しみながらできたら万々歳だけど、言えないことを避けながら過ごすのは正直窮屈でもある。結果的に引き出しは増えたものの、「必要に迫られて」の行動なわけで。なんの制約もなく、楽しく会話ができるに越したことはない。
 
 
私が避けてきた二つの言葉は、「父」と「就活」だ。
「父」に関する話に踏み込めなくなったのは、父がこの世からいなくなってからだ。
そして「就活」の話を避けてしまうのは、その父が他界したのが就活期だったからである。
 
就活中は周囲の進捗に影響されない方がいいという雰囲気があって、当時友人とは連絡が希薄になっていた。それもあって、その時期に起きたことを伝えられていない友人は多い。
どう頑張っても楽しい話にすることができない。そう思うと、いっそ回避するという選択に落ち着いてしまうのだ。
 
 
ところが、である。
今回これを話題にしたいと思ったのは、まさに自分の中の「NGワード」のあり方に変化を感じたからだ。それは3年半が経った最近のことである。
久々に会った大学の友だちたちが「ディズニーランドでの落とし物は必ず返ってくる!」という話で盛り上がっていたときだった。
——ああ、父の話をしたい。と自然と思った。
あろうことかディズニーランドで結婚指輪を落とした父の話をしたい。なんとキャストさんが見事見つけだしてくれて、それ以来家族旅行がディズニー一択になった話をしたい——。
 
クリスマスが近づいてきたあるときもそうだった。幼少期にもらったクリスマスプレゼントの話題になった。マスクの内側で、自然と口元の緩んでいる自分がいた。
父は策士だった。どうせ子どもなんて飽きっぽいんだからと、自分が気になっているゲームソフトをプレゼントする。私たちの熱気が落ち着いた頃に、何食わぬ顔で私物化させていたのだ。そういえばあれ変だったよね、と大きくなって兄と話したことを覚えている。そんな、至極くだらない話が不意に思い出されたのだ。
 
 
「父」を封印して、結果的に私の引き出しは増えた。
けれど、鍵をかけたその引き出しには、笑えて馬鹿らしくて、だけど大事なものが詰まっていた。これがなかったら、きっと私は私ではなくなってしまう。
 
人との会話の中で口にするのはやっぱりまだ時間がかかる。
けれどその引き出しを閉ざしたまま生きていくのは、あまりにももったいないのではないか。全くもって変人だった父のことを、いつか思いっきり笑ってもらえるように。そのための言葉の引き出しを、今度は増やしてみたいと思った。
 
 
「ねえ二人の馴れ初めって、パパが職場で輪切りの冷凍パイナップルを食べようとしたら転がっちゃって、ママの足元で止まったからってほんとなの?」
帰省した年末、ずいぶん前に親戚から聞いたとぼけた話を唐突に母に投げかけてみた。
 
長らく自分から父の話をしたことがなかったから、母は目を丸くした。
「そんなこともあったような気がするけど。たしか職場の人たちと行ったスキーで、すっごく寒い中パパがアイスを二つ買ってきて——」
懐かしそうで淋しそうな、むずかしい笑顔を浮かべて、それでも軽快に話し始めた。
ママも鍵をかけてたんだねと思った。いや、パイナップルのくだり。そんなこともあったんかい。
もしかしたら「父」の引き出しは、この先もっと豊かになっていくのかもしれない。
まずは家族と、そんな他愛もない話をすることから始めようと思った。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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