メディアグランプリ

骨折して、知った。車イスは、思いやりと、遠慮と、自力で進む

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:やまの とこ (ライティング・ゼミ 12月コース)
 
 
キリッと晴れた冬の朝、足首を骨折した。
空が青くてすいこまれそうだなぁなんて見上げながら、小走りで車道を横断していたところ、不覚にも小さな石を踏んづけて足をひねった。グキっとなった足首に、勢い余って全体重で倒れ込み、とどめを刺した。バキッっという音を確かに聞いた。
 
道の真ん中に大荷物をぶちまけて、大の字に突っ伏して倒れたその瞬間から、今まで見えなかったいろいろなものが見えてきた。身の回りにあること、生活のほんのちょっと隣にあることになんて気づかずに過ごしていたことか。
 
まず、アスファルトの道が氷のように冷たい。そして、これでもかというほど、硬い。
 
顔をあげると、周囲がざわついて、何人かで散乱した荷物を拾い集めてくれている。左右の車に、止まるように合図してくれている人もいる。
人が優しい。
 
起こそうとしてくれる人もいたのだが、私は手負いの野生動物のように、誰にも触れさせず、「大丈夫です。すみません」を繰り返した。それは、照れ臭さと、遠慮と、自力で事態を収拾できるという自負からくるものだった。
 
それにしても、人生、痛いと痛くないとでは、こんなにも違うものなのか。
 
立てない。絶対に立てない。多分どんなに時間をかけても立てないだろう。どうやって道の向こう側まで行ったらいいのだろう。早くどかないと渋滞の原因になる。白馬の王子様は助けに来てくれなかったが、向こうで、白メルセデスがシュッと止まって待っていてくれている。
 
冷たい道を両手で押したら、体が前に動いた。立ち上がらなくても、これならどうにか行けそうだ。この場に及んで、服やコート、身なりのことを考えてはいられない。ほふく前進もどきでも何でもよい。この道さえ渡れれば、私の職場はすぐそこだ。
 
左足首の骨折。全治、3カ月。
普通、骨折はギプスで固めてしまえば、後は、力さえかけなければ痛くない。整形外科の先生は、移動のことを考えて、靴がなくても足がつけられるように、直接ギプスにゴムのかかとを装着してくれた。ところが、松葉杖の練習で苦戦した。思ったより難しい。「うまく使えないと危ない。つまずいたら、また転ぶから」とアドバイスもあり、ここは一択、車イスをおかりすることになった。
 
車イスの便利さは驚きだった。世の中にこんなに便利なものがあったなんて。
 
3日休んだ後、車出勤を許可された。怪我が左足だったこともあり、オートマ車の運転には問題なかった。建物に一番近いパーキングレーンに車を横付けにして、入り口で、車イスを拾って出勤する日々が始まった。「お願いします」と守衛さんに声をかけると、常備してある車イスを一台、すぐに持ってきてくれた。
 
1週間が過ぎ、操作のコツがわかってきた。「すみません」とあやまりながら動き回らなくても、自力でいろいろできるようになってきた。
タイヤの空気があまいと重くて動かないこと。スロープの途中で手を離すと逆戻りすること。スピードが出たら止まらないこと。自動ドアには、反応しないこと。
エレベーターの奥面の鏡は、前髪の角度をチェックするためだけではなかった。バックミラーなのだ。これを見ながらなら、後ろ向きのままで降りられる。また、車イスは、荷物が運べる。パソコンと書類を膝にのせて、会議室まで急ぐなんてことも、できるようになった。
 
このあたりから、少し余裕ができて、自分に対する周りの人々の配慮に敏感になった。
 
みんな、分かりづらいが、実は優しい。
 
安易に手を貸す前に、介助される私の気持ちを考えてくれているのだとわかった。
「押してもらうことで気恥ずかしい気持ちにならないか」
「自力でやりたいのではないか」
「『手を貸してください』とは、遠慮して言えないのではないか」などなど……
 
みんな普段と変わらずに私と接してくれているのだ。特別な状況は何もないというテイなのだ。その結果、行動的には、両者の間には、なにも起こらないのである。
 
ある日、閉まりかかった自動ドアに、車イスごと滑り込もうとしたところ挟まれた。多少当たっても、大丈夫だと思って、スィーとひと漕ぎして突入したら「ガッシャン!」とけっこう派手な音がした。すぐにドアが開いたので、音のわりに大事には至らなかった。
「開いたままで、待っていてくれてもいいじゃん」心の声が大きかったようだ。つぶやきが外に聞こえてしまった。
「ごめんなさい」
ドアの横にいた女性の小さな声がした。
 
気まずかった。彼女は、わざと閉めたわけではないし、私に気づかなかったわけでもない。果敢に、自力で車イスを押す私に、「すみません」と遠慮をさせないように、あえて手を貸さなかったのだ。私の頑張りを、見守って待っていて、ちょっとだけ間に合わなかっただけだ。
 
それに引き換え、私のとった態度は、己のディスアドバンテージを逆手に取っている。傲慢に車イスを滑走させて、無理に突入した自分が恥ずかしかった。彼女の思いやりを踏みにじった感じだ。ごめんなさいは、私のほうだ。
 
みんな、なんてさりげなく、優しい。
相手に遠慮をさせない、そんな思いやりもあることを知った。
 
「暴走車イス、いい加減にしろ」とクレームが来る前にギプスがとれる時がきた。
キーンとチェーンソーでギプスが割られて、少し細くなった足首と再会した。左の靴と靴下をうっかり忘れて、裸足で帰ることになった。片足だけ、また道が冷たかった。
 
厚生労働省のデータによると転倒・転落による不慮の事故死亡数は、毎年7千人を超えている。ネタにはなったものの、冷や汗ものだった。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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