メディアグランプリ

お正月、一気にスターダムにのし上がったのは、ぶりだった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
お正月の食べ物の中で好きなものを聞かれたら、皆さんは何と答えるだろうか。
私はお雑煮が何よりも好きである。正月の三が日の朝昼晩、お雑煮を好んで食べるのだ。
両親は「三食とも雑煮は、さすがに飽きる」と言うが、私はごく当たり前に餅を温め、お椀いっぱいに具材と汁を注ぐ。
昆布の出汁がしみた豆腐やかまぼこ、ぶり、かつお菜(苦みのあるアブラナ科の葉野菜で、福岡県民しか食べない)をたっぷりと入れて、ハフハフ言いながら新年のスタートを切るのが恒例となっている。
しかし今年のお雑煮に入っているぶりは、いつもと違った。
お気に入りのスーパーが激推ししている特別なぶりを使ったからである。
 
「博多雑煮には欠かせない、塩切りぶりです!」
インスタグラムの投稿で謳い文句を見て、私は思わず首をかしげた。
塩切りぶり? 何なんだ、それは。
福岡で長く暮らしているが、その具材の名前すら聞いたことがなかったからである。
ご存知の方も多いと思うが、ぶりは出世魚である。
特に塩切りぶりは、昔から縁起が良いとされ、年越しには欠かせないものだという。
しかし作るのに手間がかかるため、巷ではお目にかかることは少ない。そんな希少な塩切りぶりとは一体どんなものなのか。
 
スーパーの店長いわく、作り方は次のような内容だ。
まず、12月6日の大安の日に水揚げされた、脂ののった天然ぶりの内臓を丁寧に取り除き、水洗いをして三枚に下ろしていく。
次に、全体にまんべんなく塩をまぶしてすり込む。
その後、2週間塩漬けにすることで魚特有の臭みが消え、身がキュッと引き締まる。
雑煮の具材として茹でると、弾力のある美味しいぶりになるという。
 
「大安の日に獲れ、縁起が良く、巷にはほぼ出回らない出世魚のぶり」
もう、買わない理由が一つも見つからないではないか。
 
気になったので調べてみると、実は福岡県だけではなかった。
富山県にも「塩ぶり」というものがあった。作り方は途中まではほぼ同じである。
塩ぶりは熟成させるために、さらに時間を要する。
ぶりに塩をすり込んだ後に少し時間を置き、水分を抜いたものをさらに塩抜きする。
そこから通常は約一週間、寒空の下で風にさらし干して仕上げる。
どうやら、干すことによって一度塩抜きしたぶりの余分な水分が抜け、旨味が凝縮するのだという。こうして水分が抜けることで長期間での保存が可能になる。
昔から富山県や長野県の人々は、それらを少しずつ切っては焼いたり煮込んだり、雑煮にして大事に食べ、冬を過ごしたそうである。
うーん、熟成肉ならぬ、熟成魚。もう楽しみしかない。
 
塩切りぶりは12月30日のみの販売ということで、体調を万全に整え、わくわくしながらスーパーへ向かう。
鮮魚コーナーには、すでに人だかりができていた。
慣れた手つきで買っていく方、「初めて見たわ」と興味津々で手に取る方、その様子を見ているだけでも注目度の高さがわかった。
私は5切れ入りのパックを手に取った。切り身とはいえ、身の締まった重みを感じる。
これが……あの塩切りぶりかと、ちょっとした興奮を覚えた。
 
店内に溢れかえる人をかき分け、店員さんに聞いてみた。
「あの、塩切りぶりを初めて使うんですけど、どのように調理したらいいですか?」
すると店員さんは品出しの手を止めて、丁寧に教えてくれた。
「基本的には一晩おいて塩抜きしてから使ってください。このままですと、かなり塩辛いんですよ。そうそう、数の子を塩抜きする感じってわかります?」
「はい! 自宅で母が毎年やっているのでわかります。同じくらいの時間でいいですか?」
「そうですね。調理される8時間前くらいから塩抜きしておけば、ちょうどいいですよ」
「じゃあ、明日の昼からやってみます」
「お買い上げありがとうございます! お正月、楽しんでくださいね」
忙しい店員さんに丁寧にお礼を言って、売り場を離れた。
 
大晦日にわくわくするなんて子供みたいだ、と思った。
紅白に推しの歌手が出る時や、ジルベスターコンサートを観る時とも違う。お年玉をもらう前のわくわく感に近い。こんなにお雑煮を楽しみにする日がやって来るなんて。
塩抜きをしていると、少し縮んでいたぶりがひと回りほど大きくなった気がした。
母と共同でお雑煮の出汁から作り、具材を用意して途中で塩切りぶりを入れた。
「おいしくなーれ」と呪文のように心の中で唱えてみる。
ぐつぐつと煮立つ音と、ほわほわと寸胴鍋から出る湯気すら、すでに美味しく感じられた。
早く食べたい。でも明日まで我慢よ、我慢! こうして特別なお雑煮が完成した。
 
そして元旦の朝。
他の具材より塩切りぶりを多めに、そして出汁をたっぷり入れて食卓へ向かう。
少し緊張しながら、塩切りぶりをそっと口に運んだ。
「!!!」
飛び出んばかりに目を見開いてしまい、しばらく言葉が出なかった。
「すっごい身が詰まってる!! この食感、初めてじゃない?」
「あれだけ火にかけても、全然、身が崩れなかったもんね」
いつもは豆腐やかつお菜を味わうが、今年は完全に「塩切りぶり」が主役の座を奪っていた。
家族がこんなにお雑煮について熱く話した新年は、初めてかもしれない。
ぶりの弾力は予想以上だ。他の具材との食感の絶妙なバランスに思わず嬉しい舌打ちをした。
最後のひと切れまで、余すことなく食べきることができて幸福感がハンパない。
これは正月から縁起がいい。何かいいことが起こりそうだという期待が高まっていく。
もしどこかで塩切りぶりを見かけたら、迷わず一度手に取っていただきたい。絶対に損はさせませんから。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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