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ありがた迷惑なヘアカット

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:飯髙裕子(ライティング実践教室)
 
 
今は都心でも郊外でも街路樹が道路わきに並んでいる風景は珍しくない。
これが実は私にとっては少し厄介なものであったりする。
 
樹が嫌いなわけではなく、その樹に集まる虫が苦手なのだ。
明らかに虫が付くことがわかっている、花が終わって葉が出てくる頃の桜や、松とかそういう木の下はなるべく通らないようにしているのだが、厄介なのは、なんだか名前も種類もよくわからない特に花が咲くでもないような樹なのである。
ぼーっと歩いていて虫が落ちてきたことに気づかないのが一番始末に悪い。
 
虫があまり得意でない方にはそんな経験をした方がきっといるはずだと思う。
気持ちが悪い虫が落ちてきて叫んだというような経験ならば、「何を大げさな」と一笑されるだけかもしれないが、ちょっと違う体験をしたことがある。
 
実際、うちの家族は誰も私の話を信じてくれなかった。
 
カミキリムシという昆虫をご存じだろうか?
おそらく昆虫好きの男子ならだれでも知っているノーマルな昆虫である。
どうも日本には200種類以上ものカミキリムシがいるらしい。
私が出会ったのは、黒かったので、図鑑を見たところによると、ノコギリカミキリムシではないかと思っている。
 
触覚が長く、体長が3、4センチくらいだったと思うので、雄なのではないかと思う。カミキリムシはオスのほうが、メスより体が大きいらしい。
 
そんなカミキリムシに出会ったのは、まだ私が大学生のころだった。
 
下宿先から実家に帰るために、駅に向かっていた私は、よくある街路樹のそばを歩いていた。
確か夏休みに入ったころだったと思うが、駅に着いて、まだ発車しない電車に乗って、4人向かい合わせの席にゆったり一人で座ろうと荷物を置いた時だった。
何となく頭に違和感を感じて、手で髪の毛をぱさぱさっと払った。
 
それと同時に何か黒いものが床に落ちた。目に入ったのは、黒くて触覚の長い虫だとすぐわかった。体長が3,4センチあったからだ。
ぎょっとして、椅子から腰が浮いた。
まだついていないかと髪の毛を触った瞬間、今度は髪の毛が束になって手についてきて「ギャッ」っと叫びながら椅子からほんとに飛び上がって隣の席に着地した。
他のお客がいないか思わずあたりを見渡してしまうほどだった。
 
いったい何が起こったのかさっぱりわからなくて、心臓がバクバクして冷や汗が流れた。
 
その虫は何となく見たことがあった。
カミキリムシという名前は知っていたし、触覚が長いというのも知っていた。けれど、髪の毛を切るなんてことはつゆほども知らなかった。
 
結構な量に髪の毛が床に落ちている。
驚愕している私を尻目に、当のカミキリムシはそそくさとどこかに這っていってしまって、心拍数の戻った私の視界からはすでに消えていた。
 
「もう何なのよ~」心の中で叫んだものの感情をぶつける相手はいない。
 
 
実家に帰って、私は母と妹にその一部始終を話して聞かせたのだが……。
二人の反応は私の期待を裏切って冷たいものだった。
「えー、そんなことあるわけないじゃん。カミキリムシに髪の毛を切られたなんて話聞いたことないし」
 
「聞いたことなくても実際そうだったんだから仕方ないじゃん」私が何度説明しても全く信じてもらえなかった。
床に散らばった髪の毛をかき集めてこなかったことを真剣に後悔した。

調べてみると、カミキリムシは本当に髪の毛を切ることができるらしい。
木の皮や、茎をかみ切ることができるほど、強力なあごを持っているので、十分人の髪の毛を切ることは可能だということだ。
どうせなら、もう少し、ちゃんとカットしてくれたらよかったのに……。
左右の長さがそこだけ微妙に短くなっちゃってるし……。
 
その時は、仰天して椅子から飛び上がったのにと、思わず苦笑してしまったが、カミキリムシは違う進化をしたらもしかして、凄腕の美容師になったかもしれないなどと、馬鹿な妄想を抱いてしまった。
カミキリムシの斬新なカットを楽しめるサロンとか。
いやいや、想像しただけで気持ち悪い。
 
それからというもの、私は街路樹には、かなり注意をするようになった。
まず、真下は歩かない。
なるべく枝の下に体が入らないように用心して通ることにしている。
雷が落ちたときに安全な木の下の位置のように木のてっぺんから45度の場所みたいな感じである。
幸いあれ以来カミキリムシに髪の毛は切られていない。
やっぱりこんな経験をした人はいないのだろうか。
もしそんな経験をした人がいたら、熱く語り合うことができるのに。
そんな人にもいまだに出会っていないのが少し残念な気もする。
木の下を通るときはくれぐれもご用心を。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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