メディアグランプリ

ナンパ空振り体験記


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上遥(ライティング・ゼミ10月コース)
 
 
人生で一度だけ、「ナンパ」をしたことがある。
 
ここで言うナンパとは、街中を歩く女性に男性が「へい彼女! お茶でもどう!?」と声を掛ける、あの行為だ。
繁華街をうろうろしていると、その行為に勤しむ男性を時折見かけることがある。その姿を見るたびに私は「すごいなァ」と深く感心していた。私には到底真似できない。なぜなら、生粋のシャイボーイなのだから。
 
しかし、その日の私はいつもと少し様子が違った。
コロナが流行する少し前の、晩夏の出来事である。
 
その日、東京のとある劇場で開催されたお笑いライブに参加した私は、それはもう上機嫌であった。そのライブはファンたちの間でも高い人気を誇っており、前売りチケットは即完売。私は幸運にもチケットを手に入れることができ、最高のライブを楽しむことができたのだった。
 
そして、ライブ閉幕後。最寄り駅へと歩きながら、私は悩んでいた。
友人と一緒であったなら、そのまま居酒屋へと突入し、朝まで熱く感想を語り合っていただろう。しかし、その日はあいにく一人での参加であった。SNSに感想を書くのでもいいのだが、誰かに直接ライブの感想を言いたくてたまらなかった。それほどまでに私のテンションは上がりまくっていたのである。いっそのこと、同じライブ帰りと思われる人に声をかけて「ちょっと感想語り合いましょうよ!」と飲みに誘おうかとまで考えていた。
 
そうして一人悶々としているうちに、駅はどんどん近づいていく。
残念だが、致し方ない。これはもう大人しく家に帰るしかないか。
そんなことを思っていた矢先、不意に背後から「すみません」と声を掛けられた。
振り向くと、同年代らしきスーツ姿の女性が立っている。
 
「アンケートにご協力いただけませんか?」
 
普段の私だったら「すいません、急いでるんで」と断っていただろう。
しかし、その時の私は「はい、大丈夫です」とすんなりとアンケートに応じたのだ。
なぜそのような行動に出たのか。振り返っても謎である。ライブ後の高揚感がそうさせた、としか言えない。
「ありがとうございます! 私、こういうものでして」と女性は名刺と共にアンケート用紙を手渡してくる。
名刺に記載されていた会社の名前に、特に見覚えはなかった。
 
女性は「助かります〜、なかなかアンケートの回答が集まらなくって」「今、ちょうどお兄さんくらいの男性の方々を対象にアンケート調査をやっていたんですよ〜」と話し続ける。私も「はあ」「そうなんですね」と相槌を打ちつつ、黙々とアンケート用紙に回答を記入していった。
そして最後の設問への回答を終えたところで、「お兄さん、何かこの辺りで用事だったんですか?」と尋ねられた。
思い返せば、ここがターニングポイントだったのかもしれない。
「近くでお笑いのライブがあったんですよ」
「えー! 私もお笑い好きなんです!」
「そうなんですか! 僕は〇〇さんが好きで……」
「〇〇さん、面白いですよね〜! 私は△△さんも好きです〜」
とんとん拍子で会話が進んでいく。
その時、何かしらのスイッチが私に入ったのだと思う。
 
気づくと、私は「どこかでご飯でも食べながらゆっくり話しませんか?」と女性を食事に誘っていたのだ。
 
言い終わってから(……これって、ナンパでは!?)と自分の言動に動揺する。
しかし、ライブ後の不思議なテンションの真っ只中にあった私は(それはそれで……アリ!)という謎理論で自分を肯定していた。
問題は、女性の反応である。
女性はというと、私の誘いをどうするか悩んでいる様子だった。
ほんの少しの間、二人の間に沈黙が流れる。
 
そして、「今は仕事中なので……。すみませ〜ん」という至極真っ当な返答により、私の初ナンパは幕を下ろしたのであった。
 
結局、その日は誰ともライブの感想を語り合うことはできなかった。
しかし、私は(意図せずではあるが)人生初の「ナンパ」を実行した興奮に打ち震えながら帰路に着いたのであった。
 
 
 
その日の夜。
 
ノートパソコンを使ってSNSにお笑いライブの長文感想を打ち込み、そろそろ寝ようかなと思っていたところだった。
ふと、女性から名刺を受け取ったことを思い出し、その名刺を手に取る。
しばらく名刺を眺めたのち、本当になんとなく、その名刺に記載されていた「〇〇会社」という会社名を検索サイトの入力欄に打ち込んでみた。
 
 
予測変換に並んだのは、「〇○会社 デート商法」という文字であった。
 
 
ご存知でない方のために説明しよう。
デート商法とは「恋人商法」とも呼ばれ、異性への恋愛感情を利用して商品やサービスの契約を迫る、いわゆる悪徳商法の一種である。
今回のようなケースで言えば、アンケートに協力してくれた(=カモになりそうな)人物を食事に連れて行き、うまい具合に仲良くなって、何かしらの高額商品を売りつけるのが一般的な流れのようであった。
 
詰まるところ、私は詐欺に引っかかる一歩手前だったのだ。
 
危ないところだった。考えてみれば、今時街頭アンケートなんて非効率的な手法を真っ当な企業が行うわけがない。これだから東京は恐ろしい、とほっと胸を撫で下ろす。
 
 
瞬間、まとまり切らないままの思考の断片たちが、私の脳内を駆け巡り始めた。
 
 
【……あれ?】
 
【俺……! 逆に誘った… けど……】
 
【拒否!!】
 
【なんで?】
 
【タイミング?】
【間違えた!?】
 
【否……!】
 
【避…………!!!!!】
 
 
パタン、とノートパソコンを閉じて、私は考えることをやめた。
 
そして「東京は怖いところだなあ」と何もない空間に向かってつぶやいたあと、布団に潜り込んで夢の世界へと旅立ったのであった。
 
 
 
今でも時折、あの出来事は一体何だったのだろうと思う。
 
少なくともあの日以来、私はナンパを試みたこともなければ、街頭アンケートにも答えていない。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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