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毛むくじゃらの反抗期


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
うちのムスメが、冬になってから絶賛反抗期である。
 
朝からわぁわぁと鳴き、寝ている私の髪をぐしゃぐしゃにして、しまいには頭皮に爪を立てる始末だ。
朝5時半の時もあれば、夜中2時の時もある。平日も土日祝日も関係ない。
「頼むから寝させてくれー!!」
と叫びたくなったこと数知れず。でも、ムスメはそんなことお構いなしだ。
また、仕事から帰宅する時間にも厳しい。
たまに1時間残業したり、帰りにひと息つきたくて、一本電車を遅らせて帰って来ようものなら、なおさらである。
「ねぇ、どこをほっつき歩いていたの? いつもより遅いわ、まったく……」
と明らかにプンプンしながら、しっぽを振り振り、自分のベッドへと戻っていく。
はて? 教えてもないのに時計が読めるのか? と不思議な気持ちにもなる。
 
もう皆さまはお分かりだろうが、ムスメとは猫のことである。
産んでいないけれど、結婚をしていない私にとってムスメのような存在だ。
 
会社では「そんな曖昧な指示ではわかりかねます! もっとわかるように説明してください! 同じこと、私、この前もお願いしましたよね?」
と半ギレになりがちな私も、家では別人だ。
「ななちゃ~ん、ただいま~! あら、もうマンマ食べたの~? いい子ね~」
と目尻を福笑いのように下げて、ムスメの体をモフモフ撫でまわしている。
会社の同僚が見たら、さぞかし気持ち悪い光景だろう。
 
6年ちょっと前にやってきたムスメは保護猫で、顔が特徴的だった。
白と黒のハチワレ猫で鼻の横に、ピースサインに似たホクロのようなものがある。
保護主さんのお宅では「ハナクソはなちゃん」なんて呼ばれていたらしい。初めにその由来を聞いた時はさすがにびっくりしたが、実は似たような名前を考えていた。
そうだ「なな」にしよう。
これには二つの理由があった。
 
一つは、当時読んでいた司馬遼太郎氏の本がきっかけだった。「夏草の賦(なつくさのふ)」という作品に出てくる主人公の奥方の名が「菜々」であり、活発で冒険好きの女性だった。
最初に保護主さんのお宅で出会った時の印象と、やんちゃな感じがぴったりだった。
 
もう一つは、ご近所さんが飼っている犬を参考にした。「ろくちゃん」というのだ。
現在同居している両親がもし「なな」の名前を忘れるほどの年齢になったら、
「はい、1から順番に数えて。6の次は?」
と聞けば、さすがにわかるだろうという、かなり先のことまで考えたネーミングだった。
 
ななはすくすくと成長し、両親にとって孫のような存在となった。
やんちゃだが病気一つもなく、4人目の家族として同じ時間を共有し、日々いろんな姿を見せてくれた。驚いたのは、それまで少なくなっていた家族同士の会話が増えたことだった。
「今日は、変わったことなかった?」
「聞いてよ、こんなことがあったんだから」
「ばぁばと一緒にお昼寝したんだよねー」
と皆が積極的に話すようになり、家の中は笑いに包まれることが増えた。
 
そんな昨年の冬のこと。
ななと一番長く過ごしている母が病気になった。
入院こそ免れたものの、日常生活に戻るには少々時間がかかるという医師の診断だった。それから、母は次第に寝ていることが増えた。ななは心配そうに、母のいる部屋をそっと覗く。
家事が難しい母の代わりに、父と私で分担するものの、平日は私が仕事で不在(しかもテレワークができない業務)である。どうしても、父の負担が増えてしまう。
慣れない父がせっかくやってくれた家事に、私があれこれ文句を言ってしまうことで、家族の雰囲気が悪くなっていくのがわかった。まずい、このままではまずい。
わかっていた。頭ではわかっていた。しかし仕事が繁忙期であり、帰宅しても休みの日も、ゆっくり過ごせないことにイライラが募っていく。私も心身ともに疲弊していた。
 
しかも猫は家族の雰囲気を敏感に察する生き物だ。自分を可愛がってくれるはずの家族がピリピリしている状況に、ムスメもイライラし始めているのがわかった。
「ごめんね、なな。遊んであげられなくて」
と声をかけるが、私の言葉に気持ちがこもっていないことがわかるらしい。
これまでにないというほど、私の利き手を噛みまくり、血が出るほど爪で引っかきまくった。
「どうして? どうしてそんなことするの!?」
と聞いても、プイとこちらに背を向けて寝てしまう日々が続いた。
「自分の心に聞いてみなさいよ!」そんな後ろ姿だった。
同じ部屋にいるのに、気持ちが通じない。そもそも言葉が通じないことが、もどかしかった。
人間だったら、会話ができるのに……。
つらくて、そして長かった。
 
気がついたら、あっという間に2ヶ月が経っていた。
母の具合は次第に回復に向かい、それに呼応するかのように私の気持ちも、ななの反抗期も少しずつ収まっていったのである。
 
調べたところによると、猫は生まれてから1年目までの期間で人間に換算すると18歳程度の成猫になるという。
そして2年目以降は「24+(猫年齢-2歳)×4」のペースで歳をとっていくのである。
現在、6年を過ぎたムスメは人間でいえば40歳を過ぎたくらいだ。
来年8年目になる48歳の2024年には、私と同じ歳になるのである。もうムスメとは言えない歳になる。普通に家族だ。
 
私は出産も育児の経験もないが、今回の一件を通じて、子育てのほんの一部分だけでも理解できたような気がする。
人間の反抗期であれば、なんとか言葉は通じる。会話をしようと思えば、手段はいろいろ使うことができる。話したくなければ、LINEでもいいし、メモや日記でもいいではないか。
言葉が通じない者同士が家族として生活するのは、難しくもあるが日々発見でもある。
私はきっと、猫という家族を通じて試されているのだと思う。
もし、私のところに運よく神様が降りてきて、
「一日だけ願いを叶えてあげよう」と言われたら、ムスメとゆっくり会話をしてみたい。
そして、三つのことを聞くだろう。
「あの時どんな気持ちだった? ダメな私を許してくれる? そして今はしあわせ?」と。
 
 
 
 
***
 
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2023-01-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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