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バイオリン依存症患者の告白


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記事:小松鈴(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「バイオリンをやっています」
 
そう言うと10人に9人が「へえ、『情熱大陸』弾ける?」と言う。ほんとうに、ほとんどの人が言う。バイオリンを知らない人でさえ「バイオリン=『情熱大陸』」のイメージを植え付けた葉加瀬太郎氏には心から感服する。
情熱大陸? とんでもない。こちとらまだ始めて1年少々のド素人だ。ドレミファ……の音階すら危うい人間に、そんな難曲、弾ける訳がない。まあ、大人でバイオリン始める人の半分くらいが「『情熱大陸』に憧れて……」と言うらしい(講師:談)から、話の“返し”にうってつけなのかもしれない。
 
四十も過ぎてからバイオリンを始める。始めは迷った。数年迷った。興味のあることにはどんどん手を出すが、熱しやすく冷めやすい性格ため挫折したものは数しれず。楽器だってフルート、サックス、ギターと挑戦してみたが、どれもものにならないうちにやめてしまった。同年代に比べると圧倒的に貯金も少ないのに、これでまた挫折したらどうするんだ。そう言い聞かせていた。
しかし、どうしても諦めきれなかった。自分の手で『情熱大陸』を、『He’s a Pirate』を、『G線上のアリア』を弾いてみたい。You Tubeで演奏動画を観る毎日。「やっぱり始めよう!」と思ったらすぐまた「でもまた飽きたら」の自分が交錯する。
 
きっかけは病気だった。パニック障害を発症し、地獄の日々を過ごしていたとき、たまたま流れていたテレビで、葉加瀬氏と同じくらい有名な女性バイオリニストの演奏が聞こえた。あのキャラクターは好きになれないが、彼女の奏でるバイオリンの音色は私の心に優しく響き、背中をそっと押した。
まだ万全とはいえない体調の中、体験レッスンを受け、その場で入会した。いま始めないと、もう一生バイオリンを持つことはないと思ったから。死ぬ間際に後悔するのだけは嫌だ。よく「バイオリンって難しい」という話は聞いていたが、こちらは楽器経験者。難しいといっても何とかなるさ、と高をくくっていた。が、これがめちゃくちゃ難しかった。ピアノなら指で鍵盤を叩けばドの音が出る。しかしバイオリンは指がズレるとドではない音になってしまう。講師はよく「あと1ミリ指をずらして」と言う。1ミリで音が変わるなら、ギターのようにフレットをつけてほしい。最初の課題曲、「喜びの歌」に講師から合格シールを貼ってもらったのは、1ヶ月経ってからだった。
 
それから私は、バイオリンに取り憑かれた。数年悩んで時間を無駄にしたことをひたすら後悔した。毎日ケースから楽器を引っ張り出してへたくそな音を弾きまくる。ボーイング、基礎連、音階練習、テキスト学習、課題曲……。弾きたい曲は山ほどあった。けれど技術が追いつかないとただの騒音でしかない。練習は楽器を触っているだけではなくなった。ペンや箸を持てば弓の持ち方、動かし方の練習。左指はヴィブラートの動きを復習し、肩の力を抜くことを意識する。
田舎暮らしで良かったと思ったのは初めてかもしれない。周囲は畑しかないので、音は出し放題。家族と猫には申し訳ないが、これだけは諦めていただきたい。実は発表会が近いので、仕事を休んでおひとりさまフリータイムでカラオケレッスンをした。7時間くらいだろうか。音大生でもあるまいし、何がここまで私を突き動かしているのか、自分でも本当に分からない。
 
私の一種異様とも言える「バイオリン依存症」は「スマホゲーム依存症」によく似ている。私はバイオリン技術を、ゲーム中毒者にはレアアイテムをゲットするため時間とお金を差し出す。
スマホがないと落ち着かない。
バイオリンが生活の中心になっている。
パートナーや友人よりもスマホゲームに集中してしまう。
バイオリンの練習で家事がおろそかになってしまっている。
考えるとあまりの共通点の多さに自分でも恐ろしくなってしまった。
スマホゲームには「課金」というシステムがあることを知っている人も多いだろう。ゲームを有利に進めるため、レアアイテムをゲットするため、ゲームにお金をつぎ込む。大概クレジット決済なので、使用している実感もなく、気がつけば何十、何百万ものお金を課金していた、という話も聞く。
 
「バイオリンってお金かかるんでしょう?」と聞く人も多い。絶対に必要なのが楽器、譜面台、教則本、チューナーなど諸々の小物。メンテナンスや弦の張替え頻度は人によって考え方が違うので、特別大きなお金が必要な楽器というわけではない。趣味なのだから……と思いつつも、松脂や弦はメーカーによって音が変わる場合があるので「試しに使ってみよう」と散財している自分がいる。去年末は「一年間頑張ったご褒美」と称して、少々お高い弓を買ってしまった。まさに「課金」しているではないか。これからはスマホゲーム依存症を馬鹿にできない。
 
「やった、やっとこの曲弾けた!」という感動と、スマホゲームで「やった、レアキャラ出た!」という感動。似ているようで違うような気もするが、それに対する情熱は間違いなく同じだろう。
私はどこまで「沼」にハマっていくのか。自分を俯瞰するように、楽譜をにらみつけるようにしながら練習している自分の姿を見つめる。
 
 
 
 
***
 
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2023-02-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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