墓場に入って、黄泉がえった話
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記事:信行一宏(ライティング・ゼミ2月コース)
『結婚は人生の墓場だ』
フランスの詩人、ボードレールの言葉と言われているこの言葉を、知らない人は殆どいないだろう。一説にはこの言葉は誤訳であるともされているので、ボードレールさんにはちょっと申し訳ない気がする。ただ、僧侶でもある筆者にとっては、「墓場」というキーワードにはなんとなく親近感をもってしまう。結婚が墓場であるなら、離婚は黄泉がえりとも言えるのであろう。これは、筆者の黄泉がえり体験の記録である。
3年前、筆者は“夢”と“希望”と“責任”をもってこの墓場に入った。今思い返してみると、今までの人生で最も生き急いでいた時期だったと思う。前述のように、筆者は僧侶でもある。しかも、田舎の……。いわゆる、お寺の坊っちゃんである。坊っちゃんには坊っちゃんなりの悩みも有り、その一つが自身の結婚問題だった。田舎の坊っちゃんにとって、結婚して跡取りを残すというのは、人生の一大ミッションである。こんなことを言うと、何時代の話かと思われるかもしれないが、令和元年時点でも、筆者の環境ではそうであった。
ある時、その一大ミッションに手を貸してくれる人が現れた。後に、ともに墓場に入ってくれた人である。演劇鑑賞という共通の趣味で出会い、彼女が筆者のどこが良かったのかはわからないが、熱烈なアプローチを受けて交際に至った。贔屓目に見ても、彼女は聡明であった。話も上手、文章も上手。PCスキルもそれなりにあった。そして、男女共同参画推進活動の担い手でもあった。
この男女共同参画推進活動というのが、最大の障壁となっていた。お寺の世界、特に寺院内の家族観というものには、家長を中心とした家族構成、いわゆるイエ制度が色濃く残っている。筆者自身もそれが当たり前だと思って生きてきた。そこに現れた彼女は、筆者にとって新しい刺激を与えてくれる稀有な存在でもあった。
今思い返してみると、そんな“価値観の違い”に惹かれていたのだろう。また、そんな障壁が墓穴を掘る原動力となっていたのだろう。
この人と一緒になったら、お寺のような古い概念に縛られた体制を打ち崩せるかもしれない。これが、筆者が墓場にもっていった“夢”である。
考え方の違いはあっても、お互いの歩み寄りでなんとかなるという甘い考えが、筆者にはあった。これが、筆者が墓場にもっていった“希望”である。
社会の一員の端くれとして、夫婦二人で一生かけて頑張って生きて行けなければならない。これが、筆者が墓場にもっていった“責任”である。
そして、筆者は墓場に入って1年で、黄泉がえった。
誰も悪くない。ただそこに“価値観の違い”というありきたりな理由があっただけだ。
積み重ねてきた原因は色々あったかもしれないが、最後の決め手は、彼女が筆者の親族の法事への参加を拒んだことだった。違いはあっても、そこは拒んでほしくなかったのだ。もし、その拒絶を受け入れてしまったら、僧侶としての筆者は消滅してしまうだろう。価値観の違いであっても、自分の大事にしているものが拒絶されるのはとても辛いことだと、遅まきながら気付かされてしまった。ちなみに、ライフイベント別によるストレスランキングでは、「離婚」は「配偶者の死」に次いで上位に入ることが多いそうだ。どおりで辛く苦しいはずである。
正確に言うと、離婚した時点で「黄泉がえった」というよりも、「黄泉がえりを開始した」と表現したほうが正しいのかもしれない。なぜなら、離婚の苦しみはしばらく続くからだ。
黄泉がえりを開始してから、今月でちょうど2年が経った。未だに、結婚式に参列していただいた皆様に離婚の報告ができないこともあり、まだまだ苦しい日々が続いている。いま黄泉平坂の何合目に達しているかわからないが、離婚が黄泉がえりとするのならば、冒してはならないルールが有る。それは振り返ることだ。
「黄泉の国では振り返ってはいけない」
日本の古事記のイザナギとイザナミの逸話においても、ギリシャ神話のこと座のオルフェイスにおいてもそのことは証明されている。筆者も、何度も振り返りそうになったことがある。一度は一緒の墓場に入った仲だ。全く情がないということはない。でも、絶対に振り返ってはならないのだ。
3組に1組は離婚すると言われている現代日本。筆者のような体験は決して珍しいことではないだろう。しかしながら、珍しくないとはいっても、辛いものは辛い。
だから、当たり前のことを、同じ苦しみを抱えている人たちに伝えたい。
振り返らずに、前を向いて歩いていけば、きっと光が見えてくる、はずだ。
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