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修行の朝、生まれ変わる


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記事:信行一宏(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
おろしたての法衣に腕を通し、網代笠と呼ばれる大きな編笠をかぶり、人生初となるわらじを履き、私は大きな参道を歩いていた。わらじに慣れていないからか、または、雪道でかじかんでいるのかわからないが、ひどく足の指がこわばっている。3月の雪国の風が初めてカミソリで剃り上げた頭を優しくなでていく。歩みを進めていくと、目の前に扉のない大きな門が迫っていた。
 
ここは、10年前まで携帯電話の電波すらろくに届かなかった福井県の山奥にある古寺、曹洞宗大本山永平寺である。平成24年3月、私はここへ修行にやってきた。修行というと、なにか高尚な動機がありそうなものであるが、私の場合はいたってありきたりな理由の“跡継ぎ”だからにほかならない。だから、法衣に身を包んでいるといっても、この時点ではただのコスプレに過ぎなかった。
 
こんなコスプレの若者に対しても、永平寺門前町の皆様は、手を合わせて拝んでくる。拝まれながら、「頑張ってください……」と小声で声をかけられる。コスプレに過ぎない私はちょろいもので、いともたやすく気分が高揚する。観光気分も甚だしいものだ。
 
そんな観光気分は、扉のない大きな門、山門の前でいともたやすく打ち砕かれた。
 
山門の前に立つと、木版と呼ばれる木の板を撞木で3回叩く。雪に覆われた永平寺を囲む山々に甲高くその音が響き渡る。これが、修行開始の合図となる。と、思っていた。
 
2時間後、一人の和尚が現れた。
 
「お前は永平寺になにをしに来た?」
なんとこの和尚、2時間待たせた挙げ句、とんでもないことを言い出した。私は冷え切った体から、声を必死に絞り出す。
 
「修行に来ました!」
「修行とはなんだ?」
パワハラ甚だしい。永平寺は修行道場であるから、修行以外やることがないだろう。しかし、“修行”というものがなんのかわからないのも事実。ただ、おっかないのでとりあえず適当に答えよう。
 
「坐禅をしたりすることです!」
「そんなことは、永平寺でなくてもできる。帰れ!」
和尚はどこかに行ってしまった。理不尽がすぎる。しかし、ようやくここで気付かされた。これは観光ではないのだと。
 
そこから、またしばらく立っていた。足の感覚はほとんど残っていない。当然ながら法衣の下には、ヒートテックのような便利なものはなにも身につけていない。こんなつらい思いをしてまで、どうしてこの場所に立っているのだろう。門をくぐることさえ許されず、このまま雪に埋もれてしまうのではないかという錯覚にも陥った。ふと、木版を見ると、撞木の当たる部分が大きくえぐれていた。私がこの場所に至るまでに、多くの修行者が木版を叩いてきたということがわかった。彼らもこんなふうに、雪の中で立たされたのだろうか? そういえば、地元を出発する時に、色んな人が応援してくれた。たまたまお寺の長男として生まれただけだ。でもこの場所に立つと決めたのは自分。どんな僧侶になりたいかなんて全然わからないけれど、やるからには一生懸命やるほうがいい。一生懸命やってみないと、ただただ、時間だけが過ぎていってしまう。その気付きが、私をコスプレから修行僧に変えてくれたのだ。
 
しばらくすると先程の和尚が戻ってきた。
 
「まだいたのか?ここになにをしに来たのだ?」
「修行に来ました」
 
先程のコスプレの時とは違う、思いを乗せた言葉だった。ようやく永平寺の山門をくぐることが許された。永平寺の中に入ると、桶にお湯が張ってあって、そこで足を洗った。凍りついたようにかじかんでいた足の指が溶けた。この暖かさを生涯忘れることがないだろう。
 
さて、無事に永平寺に入ることができたが、もちろん修行は続く。というよりも、やっとスタートラインに立っただけだ。このあと、坐禅を1週間し続けたり、朝1時半に起きて、永平寺中を走り回ったり、体育会系さながらの筋トレの日々がまっていたりと、それなりに過酷なことは続くのだが、思い返せば、山門の前に立った自己と向き合った時間ほど、過酷なものはなかった。
 
毎年2月から3月にかけて、多くの若者が永平寺に修行にやってくる。志が高い者もいれば、そうでない者もいるだろう。ただ、彼らはまず山門の前で、自分と向き合うこととなる。この経験は、きっとその後に続く人生の大きな支えとなるはずだ。少なくとも、10年たった今でも、あの時の思いを胸に秘め、日々を精一杯過ごしている男が、ここに一人いるのだから。
 
 
 
 
***
 
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2023-03-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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