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パニック障害を患う


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記事:小松鈴(ライティングゼミ2月コース)
 
 
「それ」は、5月末の蒸し暑い夕方のことだった。
帰社途中で車を運転していた私は、突然激しい動悸とめまい、過呼吸に襲われた。
なに、これ。
息、息ができない。
死ぬ、このままでは死ぬ。死ぬ。死ぬ。
頭の中は「死」しか考えられなかった。
とにかく車を停めなければ。かろうじてそれだけは頭の隅に残っていて、ぐらぐらする頭で車を路肩に寄せて停車した。広い道路だったので、他の車の邪魔にならなかったのが不幸中の幸いだった。
車を停めて、ハンドルにもたれかかる。もう暑い季節が近づいているというのに、身体が震えて止まらない。どんな激しい運動をしたのか、というほど動悸は激しく、冷や汗で全身が汗だく。過呼吸の対処として、ハンドタオルを口に当てて何とか症状がおさまるのを待つ。
時間にして10分くらいだろうが、私には永遠に感じられた。症状が徐々に収まってきた。家まであと5分。初心者ドライバーでももう少しは出すだろ、とツッコまれそうなスピードで家までたどり着いた私は、そのまま車のシートを倒してしばらく動けなかった。
 
それ以来、私は車の運転ができなくなった。
 
「パニック障害ですね」。
翌日、母の送迎で病院に連れて行ってもらった私は、医師からそう告げられた。メンタル系の病に少し詳しいので、パニック障害の名前や症状は知っていたが、「知っている」と「経験する」はまったく違うことに身を持って知った。
たまに芸能人がパニック障害で休業、というニュースを見たことがあると思う。
パニック障害は、突然のめまいや吐き気、震えなどの症状と「このままでは死んでしまう」「狂ってしまうのではないか」という強い恐怖で頭が支配される。
ひとによって症状に違いがあるが、私の主な症状は過呼吸、めまい、動悸だった。
そしてパニック障害の症状のひとつに「広場恐怖」というものがある。「パニック発作が出たら」という恐怖で頭がいっぱいになり、その場所に行けなくなるという症状だ。よく聞くのが、電車、飛行機、美容院、歯医者。
私は車内で発作を起こしたことで、「運転中に発作が起こったら」という恐怖で車に乗れなくなった。運転なんてとんでもない。しかし私の住む場所は車社会の田舎なので、車がないとどこにも行けない。毎週病院に行くときは母が連れて行ってくれたが、それでも毎回死ぬ思いだった。
 
薬をもらってしばらく療養することになった。私は薬にアレルギーがあるため、パニック障害に効くという抗うつ薬が飲めない。他の薬を、アレルギーが出ないよう少しずつ試しながらの治療方法だったので、なんとなく薬が効いてきたな、と感じるのに2ヶ月かかった。なので、初めて発作を起こした日から2ヶ月の記憶がほとんどない。
昼も夜も、起きていても寝ていても苦しい。いつ発作が起こるか分からないので、家の中でも常に薬とペットボトルの水を持ち歩いていた。
「パニック発作で死ぬことは絶対ない」とネットで書かれていたが、毎回「死ぬ」という気持ちに支配されて、それでも死ねないとは何の地獄か。
何度「もう死んだほうがマシだ」と思ったことか。ただ息をしているだけで発作が起きる。眠っていても突然の過呼吸で叩き起こされる。この状況が2ヶ月も続けば、誰でもそう思うだろう。
病院に行っても、声を出すと発作を起こしそうになるので、その週の症状、質問などをメモして先生に渡して話を聞いた。コロナが大流行していた時期だったけれど、マスクをしていると発作が起こるので、診察室では「外していいですよ」と言われていた。
少し症状が落ち着いたな、と思い、気分転換に散歩でも、と外に出たら、100mも歩かないうちに動けなくなり、母に車で迎えに来てもらったこともある。それ以来、病院以外で外に出ることも怖くなった。
 
やっと自分に合う薬が見つかったときは、すでに冬の気配が漂う時期だった。
発作の回数が少し減り、自分なりの対処法も見つかったので、はじめの頃のようなひどい発作は起こらなくなってきた。しかしパニック障害に限らず、心の病は山あり谷ありで徐々に寛解に向かう。私も同じで、季節の変わり目と雨の前後がダメになった。それは今も変わらない。
50mくらいから、散歩、というより歩行訓練をはじめた。できるだけ朝日を浴びるようにする。ストレッチをしてみる。体調が悪い日は無理をせず休む。自分なりにパニック障害との付き合い方が分かってきた。
けれど、どうしても車の運転だけはできなかった。
 
ちょうどその頃、バイオリンのレッスンに通うことにした。
病気療養中になんでそんなこと、と呆れられそうだが、少しでも気分が変われば発作も落ち着くのでは、と考えてのことだ。単純に、以前から憧れていた、ということもあるが。
問題は、教室まで車で行かなければならないことだ。しかも30分。
はじめは怖くて仕方なかった。母に運転して教室まで連れて行ってもらい、レッスンの30分、その辺りで時間をつぶしてもらい、また迎えに来てもらう。母は何も言わずに送迎をしてくれた。
レッスンが始まっても、最初の10分は薬を飲んで息が整うのを待ってから、ということも常々だった。先生も理解してくれていて、その間は特になにも言わずそばにいてくれたことで安心できた。
 
診断を受けて1年ほど経った頃だろうか。症状は初めに比べるとかなり落ち着き、食欲も戻り、少し身体を動かしても発作を起こさなくなった。
「今日は自分で運転してレッスンに行ってみる」と言ってみた。母はずいぶん心配していたが、「どうしてもダメだったら連絡する」と告げ、家を出た。
久方ぶりに運転席に座った。フラッシュバックのように、あのときの記憶が蘇ったが、事前に薬を飲んでいたので、「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせ、思い切ってアクセルを踏んだ。
走行している間は車の運転に集中しているので問題なかった。しかし、信号待ちの停車ではどうにも落ち着かず、心臓が変な感じに動いている。早く青信号になってくれ、と願いつつ運転していた。
 
30分後、私は教室の駐車場に車を停めることができた。
死ぬかと思った、という気持ちと、出来たじゃないか、という気持ちがごっちゃになっていた。額に浮いていた汗が顔を伝う。
その段階では、まだ達成感のようなものはなかった。車を降りて教室に行き、レッスンを受けて、帰宅する。帰りの車では特に不安も発作の予兆もなく、音楽を聞く余裕さえあった。
帰って「行きはちょっとつらかったけれど、帰りは大丈夫だった」と言うと、母は非常に喜んでくれた。そこでようやく「できたんだ!」という喜びが芽生えた。母にはこの2年、さんざん心配と苦労をかけてしまった。
 
パニック障害と診断されて2年。まだ寛解には至っていない。正直に言うと、このことを文章にすることも少し悩んだ。書いているときも、当時のことを思い出して少し苦しくなり、薬を飲んだ。
しかし、亀並みのスピードでもなんとか失くした日常を取り戻しつつある。
もしいま、パニック障害で苦しんでいる人や、その家族がいるのなら、絶対に苦しいときは終わると信じてほしい。亀でもアリでも、諦めなければゴールにたどり着くのだから、あなたも必ずゴールに着く。
陰ながら応援しています。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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