母を想う春
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:来ノ宮梅子(ライティングゼミ・4月開講コース)
つい先日のこと、穏やかな春の日差しの中、まるで桜のトンネルのような美しい小道を偶然見つけました。一緒にドライブに出かけていた父と愛犬とその美しい小道を散歩してみると、今年は暖かいせいか、一緒に植えられている桃の花も満開。桜の淡いピンク色に桃の花の濃い桃色、雪のように白い花も咲いていて、みんな太陽の光を受けてキラキラと美しく、思わず立ち止まって眺めると、その美しさを残したくて写真を撮りたくなりました。何枚も花にフィルターを向けていたところ、ふと先に歩いている父の姿を見て目が止まりました。大きかった父の背中がいつの間にかだいぶ小さく見えて、少し曲がった腰をかばうように愛犬とゆったり歩いている父。そんな父の後ろ姿が妙に哀愁を帯びていて、思わずその場に立ちすくんでしまいました。
そんなどうってことない光景が、私の奥深い心の片隅の痛いところを突いて、家族の切ない想い出をフィードバックさせたのです。それは2年前に亡くなった母との印象的な別れ。
2年前の8月8日、母は静かに空へ旅立ちました。
その頃はコロナ全盛期でなかなか面会が許されず、でも時間が経つほどに母との時間が限られている気がして、何度も担当医にお願いして面会を許してもらいました。それが8月7日、母が旅立つ前日でした。
その面会の日は今でも鮮明に覚えています。私にとっては特別でそして何か不思議な日でした。母は10年近く患った認知症のせいで、その頃はもう家族が誰かもよく分かっていなかった共います。話すのも何と言っているか分からないこともありました。面会の日も最初はいつもと変わらずぼんやりとしているようにみえました。看護師さんがもう面会時間は終了ですよ! と声をかけてきたので、父は母の頭を撫でながらまた来るからね、と優しく声をかけると、今までぼんやりしていた母がとても寂しそうな顔をしたのです。まだ居てほしいと言わんばかりに……ただただ一心に父の顔を見つめていたのです。私は息をのんでしまいました。父もそれにこたえるかのように母の目を見つめ返していました。その時間がいったいどれほどだったのか? 短くも長くも感じる時がとまったかのような瞬間でした。それは二人が過ごしてきた六十年余りをすべて象徴するかのような貴重な時間だったように思います。そして、その翌日の夕方、私たちに会えて安心したかのように、母はふっとこの世を旅立ってしまいました。
認知症でよく分からなくなっていたはずの母が、あの時だけは全てを理解していたかのようでした。今生の別れが惜しくてたまらないと父に目で伝えていたのかもしれません。父も私もその時は母との最期の別れだなんて思いもしませんでした。でもその二人の姿を見た私は涙が止まらず、まるで小さな子供のように泣きじゃくってしまいました。頭で理解するのとは違う本能的なところで母との別れを私自身も感じていたのかもしれません。
そんな別れをした父と母の六十年余りは周囲が驚くほど仲が良く、家族愛にあふれた家庭でした。母はとにかく父が大好き! 父と結婚して間もなく父が大病したため、毎日の食事が身体を作るからと、父のためにちょっとした評判のレストランと同じくらい美味しい手料理をいつも作ってくれました。そのおかげで私も兄も毎日美味しいご飯にあり付けたのです! しかもその時代には珍しく母はフルタイムで仕事をしていました。それなのに毎日手の込んだ料理を作るのがどれほど大変だったことか。家庭をもった私にはよくわかります。そのことを父もよく理解していました。晩年、母が認知症になり始めてから、40年近くも自分のために頑張ってくれた母への恩返しだからと、これくらいたいしたことないと愚痴も言わず根気よく母の世話を10年もしてくれていました。80歳近い高齢の父にとってたやすいことではなかったと思います。ご飯しか炊けなかった父が、料理を作るのが難しくなっていく母に代わって、いつの間にか美味しいスープまで作れるようになっていました。80歳になってもなお、新しい事に挑戦する父に脱帽でした。それもすべて母を想い、少しでも楽しく過ごせるようにと頑張っていた父、お互いを想い合うことの尊さを教えてくれました。そう、一年二年では成しえない、私にはまだまだとうてい到達できないであろう愛の領域ではないでしょうか?
私は愛犬と前をゆったり歩いていく父の背中を眺めながら、母との切ない想い出にひたっていました。美しい花たちもそんな私の心に優しく寄り添ってくれているようでした。いや、もしかしたら母がそっと私たちを見守っていたのかもしれません。なんだかそんな暖かい気持ちにさせてくれる春の穏やかな散歩道を、父と愛犬とまた歩き出したのでした。
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