メディアグランプリ

本音を言えない日本人、身を挺して海老天を食べる


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記事:花 橋子(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
2013年夏。私は中国の東北部にある大連市を訪れた。私は上海近郊にある会社に勤めていたが、その本社が大連市にあり、ここから出向している社員も多かった。その出向組の1人、王さんが大連に帰省するというので、同行させてもらったのだ。
 
大連に着いた翌日、海までドライブに出かけ、その道中、日本食レストランに寄った。大連は日本人が多く、日本食レストランが充実している。また、王さんはおいしいお店をたくさん知っており、自らを美食家と呼んでいた。その王さんがおすすめする日本食はきっとおいしいに違いない。私はかなり期待していた。……このあと、とんでもない事態になることも知らずに。
 
レストランに入ると厨房から1人の男性が出てきた。この店の料理長で、王さんの従兄だという。日本に数年住んでいたことがあり、その時、日本の料理も学んだそうだ。「日本人のお客さんはなかなか来ないからうれしい」と笑顔でメニューを渡してくれた。かつ丼や生姜焼きなど、懐かしい料理の写真が並ぶ。私は迷わず、天ざるそばにした。
 
私は海老天が好きだ。単身中国に渡る当日、飛行機に乗る直前の空港で、「しばらく食べられないから」と天丼を食べるくらいだ。その話を聞いて、1人不安に駆られて空港にいるだろう娘を心配していた母は、安心を通り越してあきれたらしい。
 
果たして、そんな大好物の海老天が目の前にやって来た。中国の天ぷらにありがちな、衣がやたら厚ぼったいとか、海老が異常に小さいとかではない、海老天。薄黄色の衣に包まれ、尻尾も赤くつやっとした海老天が、これまたカラッと揚がってますねと声をかけたくなる野菜たちとともに器の上に乗っている。これぞ、日本の天ぷらだ! 会いたかった!
 
早速さくっと海老天をほおばる。
 
……あれ? ……なんか違う。予想していた味が、口の中に広がらない。
 
もう一口、今度は小さめにかじる。なんだか酸っぱいような、海老の味を濃くしたような味がする。私の危険センサーが灯る。これは、食べたらダメなやつだ。残そうと思った瞬間、王さんから「おいしいですか?」と声をかけられた。
 
顔を上げると、王さんと料理長の従兄がこちらを見ていた。従兄は日本人の私が食べる反応を気にして、同席していたのだ。
 
どうしよう。おいしいって言おうか。でも、おいしいって言ったのに残すのはおかしい。じゃあ、本当のことを言おうか。しかし、従兄の笑顔が痛い。……私は覚悟を決めた。
 
「うん、とってもおいしい」
 
「大丈夫。ちょっと海老が古いだけさ」と自分を励ましながら、天ぷらを平らげた。その様子に安心したような従兄の顔を見て、これでよかったのだと店を後にした。
 
異変はすぐに起こった。食事直後からあった胃が張る感覚が、どんどん大きくなってくる。ムカムカが止まらず、冷や汗も出てきた。海辺の駐車場あたりで耐えられなくなり、車を止めてもらって、外に転がり出た。
 
走って木陰に着いたとたん、猛烈に吐いた。「人間ってこんな勢いで吐けるんだ」と自分でもびっくりする勢いだった。
 
車に戻ると、私は「車酔い」ということになっており、海に着けば大丈夫だよと言われた。そんなわけはないと思ったが、ひとしきり吐いて落ち着いていたので、もうちょっとがんばってみようと思った。もはや苦行である。
 
海をぼんやりと眺める。海風を浴びても気分が晴れず、ゆらゆら揺れる波は吐き気を呼び戻しそうで見ていられない。海の中に吐いたら怒られるかなあ、あそこにゴミ箱があるなあ、など吐くことばかり考えていた。
 
車に戻ると、また吐き気が戻って来た。これまで牡蠣に2度、鳥刺しに1度当たったことのある食あたりプロフェッショナルの私だが、ここまでひどいことはなかった。さすがに恐ろしくなってきて、ビニール袋を口に当てながら「病院に行きたい」と訴えた。
 
「車酔いだよ」と相変わらずいう王さんを説き伏せ、病院に到着した。看護師さんに「下痢はしたか?」と聞かれ、「していない」と答えると、そこで待つように言われた。しかし、10分もしないうちに、今度は猛烈な腹痛を感じ、トイレに行くと案の定という結果になっていた。先ほどの看護師さんにそれを伝えると、「あっちに行って」と別の病棟を指さされた。
 
大連は海産物の街だ。しかし、地元以外の人は慣れない海産物を食べてお腹を壊してしまうことが多々あるようで、食あたり専用の病棟が準備されていたのだ。
 
吐き気と腹痛に耐えながら、よろよろと移動する。病棟に着くと、腕に点滴を刺した顔色の悪い人たちが、あちこちに座っていた。付き添ってくれた王さんが手続きをしてくれ、診察らしい診察もなく、私の腕にも点滴が刺された。
 
点滴が終わるまで数時間。せっかくの王さんの帰省なのに、付き合わせて申し訳ない。横で携帯をいじっている王さんに「ごめんね」と言うと、「夜、遊びに行くから大丈夫」と実に中国人らしい返事が返ってきた。
 
それから3日間、私は王さんの家で寝たきりで過ごした。上海に戻って数週間後にまた嘔吐し、血液検査をしてもらうと、入院が必要なレベルで血液に細菌が入っていると言われて震えた。
 
今回の一件、避けようと思えば避けることができた。「この海老天、傷んでる」と一言、言えばよかったのだ。でも、あんな笑顔の料理長に向かっては、どうしても言えなかった。あの後、かなりの期間、海老天が食べられなくなってしまったが、料理長の笑顔を守ることができたのだから、それで良しとするしかない。ちなみに王さんは、点滴を受ける私を見ても「車酔いが酷い人」としか思っておらず、彼女には本当のことを言えばよかったかなとちょっぴり思っている。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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