メディアグランプリ

幸せを運ぶみかん


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:くろねこ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
ひとつ食べると、またひとつ手が伸びる。
空になったお皿に気づき、「ああ、美味しい」と、やっと思考が動く。
1年のうち、たった1ヶ月半の間しか手にできない希少さも相まって、
私はまた、あのみかんを買ってしまう。
 
*
 
実家の台所にはいつも果物がおいてあった。
ぶどうだったり梨だったり、バナナだったり、季節によって変化したが冬の定番はみかんだった。
特別寒がりな私は帰宅早々にこたつに潜り込み、腕だけにゅうと伸ばして机の上のみかんをつかみ、ぱくぱくと食べていた。それは箱買いしたみかんを食べ尽くす勢いで、冬の間、私の手は黄色かった。
 
いまでも帰省をすると台所には果物が用意してある。
そして帰り際、母の手作りのおかずとともに野菜や果物を渡される。
荷物は来た時の倍になる。しかも重い。
 
今年の年始の帰省時にも、同じシーンが繰り返された。
鞄に入りきらないから、お母さんが作ってくれたご飯だけもらっていくね、と伝えると、
 
「……じゃあこれだけ持って帰って」
「これね、美味しいの。ずっと食べさせてあげたかったんだけど、買える時期が限られているし、日持ちもしないからチャンスがなかったのよ」
 
そう言うと、母はみかんを1つ渡してきた。
見た感じ、こたつのベストパートナー「温州みかん」とほぼおなじ。
わかったーありがとう、と返事をして、手にしていた紙袋に放り込んだ。
 
「柔らかいから、優しく扱ってね」
「スマイルカットにするといいよ、切り方わかる?」
「2、3日で食べてね。もう熟してるから冷蔵庫に入れるのよ」
 
他にも色々言われた気がするが、適当に聞き流した。だってみかんだし。
帰宅した翌日の夜、母からあのみかんを食べたか、という確認のLINEが来た。
休み明けの月の初めは尋常じゃなく忙しかったので、またしても適当に返事を返した。
 
その2日後だっただろうか。
冷蔵庫を開けると、母に持たされたみかんが出てきた。そろそろ食べなきゃ。
切り方を指定されていたなーと思いながら「スマイルカット」をネットで検索して、
例のミカンを8等分にカットした。
 
ぼんやりとテレビを見ながら、1つ口に運ぶ。
 
 
……ん? 今の、何だった?
 
 
もう1つ食べる。さらにもう1つ。
お皿にのったみかんを全て食べきって、5秒位経ってから、初めて美味しいという言葉が頭に浮かんだ。
 
美味しいものは言葉を止める。
もっと食べたいという感覚だけが脳に広がる。
美味しいものを前にして体が勝手に動く、という体験をしたのはこれが初めてだ。
 
カットされたつやつやの切り口からあふれる果汁。
薄皮は、その形状をぎりぎり保てる薄さでそこに存在している。
口に含んだ瞬間に、ぷるぷるの粒が弾け、ぷしゅっと広がる。柔らかい口当たり。
とんでもなく、甘い。なのに食べ終わった後はさっと消えていく爽やかな甘み。
 
なんなのこれ。
正体を知るため、急いで母に連絡した。
 
「媛まどんなっていうのよ!」
 
どのようにして、この美味しいみかんに出会ったのか、母が初めて口にした瞬間の感想、いかに私に食べさせたかったか、食べたらきっと私も驚いて連絡してくるだろうと想像していたことを、興奮気味に教えてくれた。
 
『媛まどんな』を私に持たせた際に注意事項が多かったのも、私が美味しく食べられるように考えてのことだった。そして翌日に連絡してきたのは、美味しいという感情を分かち合いたかったのだということもわかった。
 
わかる、わかるよ、お母さん。
こんなに美味しいものに出会ってしまうと、人に教えたくなっちゃうよね。
食べてもらって、美味しいを共有したくなっちゃうよね。
すぐに食べなくてごめんね。
 
すぐにネット検索した私は、またしても『媛まどんな』に驚かされた。
高っ!!! 5〜8個入で4,000円(贈答用)。高い、高すぎる。ちょっと冷静になろう。
味はたしかに王様だったが、お値段も王様の『媛まどんな』を前にして、画面をそっと閉じた。
 
しかしあの味が、食感が頭から離れない。しかも販売は12月初旬から1月まで。今年の期限は迫りつつある。
もう一度商品ページをじっくり見てみることにした。すると、前回までは気が付かなかった『ご家庭用』なるものを発見した。こちらは2キロ(6〜15個)で4,000円。
 
会社の同僚3人の顔が頭に浮かんだ。みんな果物大好きなツワモノどもだ。
自分の分も含めて4人分、1人1,000円の差し入れくらい、よくあるよね、別に高くないんじゃない? という意味不明な言い訳を自分にして、購入することにした。
 
数日後に届いた『媛まどんな』を同僚に配った。全部で12個はいっていたので、3つずつだ。
冷蔵庫で保管することやスマイルカットして食べることなど、あの時の母と同じように注意コメント付きで渡した。そしてあの時の私と同じように生返事で聞き流された。
 
週明けの月曜日。私が待ちに待った時間が来た。
 
2歳の男の子を持つ彼女は、普段少食で食に興味を示さないお子さんが、もっとみかんをむいてくれ、と要求してきたと嬉しそうに教えてくれた。5歳の女の子を持つ別の女性は、目を話したスキにお皿にのった『媛まどんな』を食べきっていて驚いた、とのこと。追加でカットしたものの、そこに旦那さんも参戦して争奪戦になったらしい。なんと幸せそうな光景か。
 
そして私がひそかにフルーツ師匠と呼んでいる果物大好きの男性社員は、早々に食べきってしまい、急いで発注したそうだ。彼女も果物が好きなので、今度は一緒に食べるらしい。
 
美味しいものは人に教えたくなる。
それはきっと、幸せの追体験ができるから。
幸せを運ぶみかん、あなたの元にも届きますように。
 
 
 
 
***
 
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2023-04-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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