メディアグランプリ

USAからやって来たどらやきに、心をわしづかみされた春


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田盛稚佳子(ライティング実践教室)
 
 
疲れると甘いものが欲しくなるという経験は、少なからず誰しもあるのではないだろうか。
その日の私はとても疲れていた。
新年度を迎え、頑張ろう! という気持ちとは裏腹に、環境の変化に徐々についていけなくなっていることに気づいたのだ。
新しい人間関係、3年目に突如無くなったルーティン業務、そして担当する仕事が増えようとする状況が、わずか半月で私をかなり疲弊させていた。
「はぁ、なんか甘いもの食べたいな……」
仕事帰りの博多駅で、つい声がもれてしまった。
そんな私の前に、ある期間限定のお店が現れたのだ。
「一日限定400個」
「看護師をやめ、どらやき職人の道へ」
魅力的な笑顔のMさんという女性が、どらやきを手にニカッと笑うポスターが貼られている。
どらやき! めっちゃ食べたい!!
と思った直後、ドーンと突き落とされた。
「本日分、完売」
マジかーーー! その場に崩れ落ちそうになったのは言うまでもない。
 
泣く泣くコンビニで買って帰ったどらやきは、甘さが強すぎた。
これじゃない、これじゃないんだ。私が食べてみたいと思ったのは。
あの完売していたどらやきが、どうしても気になる。明日こそは! と意気込んだ。
翌日、定時で会社を出て小走りで博多駅へ向かった。
あのポスターが見えてくる。遠くからだが、まだ店頭に商品が並んでいるのが見えた。
安堵の思いでお店の方に声をかけた。
「うわー、よかったです! 昨日通ったときは、もう完売で……」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。Mさん本人は、明後日から最終日まで店頭に立つ予定です。よかったら、またお立ち寄りください」
「はい、ぜひ!」と店を後にした。
 
ようやく買えたどらやきに胸が躍った。ドキドキしながら袋から取り出してみた。
ひとつがずしりと重い。手のひらから余裕ではみ出てしまうほどの大きさだ。
しかも、あんがたっぷり詰まっているのが、食べる前からはっきりとわかる。
外見はネコの肉球の焼き印が小さく二つ並んでいるのが、かわいい。
二つに割ると、カステラのようにふんわりした生地の中から、これまたちょうどいい練り具合のあんが姿を現した。
一口、頬張る。くーーーーっ! 予想を上回る、悔しいほどの味だ。
生地とあん、どちらかが極端に主張することのない、優しいそしてどこか懐かしい味がする。
一緒に食べた家族も「ちょうどいい甘さね。これは、ぺろっと食べられるね」と笑顔である。
お茶がなくても、じっくり口の中に余韻を残しておきたい。そんな味だ。
 
食べ終わって、Mさんに直接お礼を言いたい! と思った。
幸いあと1週間、博多駅に出店していることがわかり、また仕事帰りに寄ってみた。
なんとその日は売れ行きがさらに加速し、夕方までに完売してしまっていた。
売る商品がなくても、店頭には立っていなければならないらしく、私はMさんに声をかけた。
「Mさん、こんにちは! 先日、どらやきをいただきました。美味しかったです!」
「ありがとうございます!」
Mさんは貼ってあるポスターそのままの笑顔を向けてくれ、看護師から、どらやき職人になった経緯を語ってくださった。
「ある日、師匠である和菓子屋さんのどらやきの虜になってしまったんです。元々は関西のほうで看護師を10年やっていたんですけど、この味を絶対、後世に残したいって思って」
「でも、看護師って専門職だし、安定した仕事じゃないですか。何も辞めなくても……」
「看護師を辞めてでも、どらやき職人になりたかったんです。私、師匠の最初で最後の弟子なんです」
聞けば、Mさんの師匠は大分県豊後高田市(ぶんごたかだし)で和菓子屋を営み、「全国菓子大博覧会」では金賞や名誉大賞を受賞するなど、全国にファンがいるほどの方だった。
その味に惚れこんだ人たちが、ぜひ弟子にしてほしいと全国から何人も来たそうだが、すべて断ってきたという。
しかし、80歳を超えて病気を患い今までのようにどらやきを作ることが難しくなってきた。
そんな時、Mさんが師匠の技と味を真剣に学びたい、どうしても後世に伝えたいと訴える姿を目にして、この女性は本気だと心を動かされ、最初で最後の弟子を取ることにしたそうだ。
その後、Mさん夫婦は師匠が住む豊後高田市の隣の宇佐市(うさし)に引っ越して、修行に励む日々を送ってきたという。
 
どらやきの材料は至ってシンプルだ。
小麦粉、北海道産の小豆、砂糖、卵、蜂蜜の5つだけ。余計なものは何も入れない。
そして、生地は一つ一つ銅板で手作業で焼いていく。あんも銅鍋でじっくり煮込んで、1日寝かしてから詰めていく。季節ごとに生地もあんも配合が調整されており、その時期に一番美味しいものになるようにしているそうだ。
師匠が長年の勘と知恵で築き上げた味を、看護師の経験を持つMさんがきちんと数値化して、データと技を残しているのである。
 
10年間続けてきた看護師というキャリアを捨てて、女性のどらやき職人になったMさんは、これからも師匠の味を研究し、後世に残していってくれるだろう。
USA(うさ)から全国へ。
このどらやきの味が広まっていくことを考えると、なんだかワクワクする。半月で仕事に疲弊した私に頑張るエネルギーをくれたMさんに感謝したい。
同じ九州に、こういう芯の通った女性のどらやき職人が住んでいること、またその優しい笑顔とどらやきの味を知ることができた収穫の春だった。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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