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体力のいらない登山のススメ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松浦哲夫(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「あの私、普段は運動なんか全くしませんし、階段登るだけで息切れしちゃうんです。本当に大丈夫ですか?」
田島さんは電話口で心配そうに私にそう尋ねた。スマホを通して聞こえる彼女の口調、声のトーンから不安が伝わってくるようだ。まあ無理もないかもしれない。
 
人は余暇をいかにして過ごすか。もちろん人ぞれぞれだろう。ソファに座って日がな一日テレビを見て過ごす人もいれば、ベッドから離れないという人もいる。仲間とスポーツに打ち込む人もいれば、読書に勤しむ人もいる。それらは趣味と言い換えてもいい。自分には趣味なんてないと嘆く人もいるが、余暇に自然とやっていることがそのまま趣味であって、無理に設定するものでもない。
 
では、私の趣味は何かと問われると、迷うことなく登山と答える。私にとって登山は実益も兼ねた最高の趣味であり、すでに20年以上の経験を持つ。
 
登山の魅力は何か、と聞かれることも多い。これは多くの人が想定する通りの答えだ。自然とのふれあいや新鮮な空気、山頂にたどり着いた時の達成感がそれに当たる。ただ、私の場合、それを感じ取る力が人よりも大きいのだろう。だからこそ20年もの長き渡り、絶対的な趣味としての地位を保ち続けた。
 
ただ、ほんの一時期ではあるにせよ、かつて私は登山を仕事にしたことがある。10年ほど前、会社を退職し時間を持て余していた私は、当面の食い扶持を確保するために登山ガイドで稼ぐことを思いついた。お客様を獲得するためにネット広告を打ち、チラシを配った。その目論見はうまくいき、ガイド業を始めた初月にも関わらず数件の依頼をいただくことができた。
 
登山ガイドといっても大げさなものではない。私はガイド資格を持っているわけでもないし、ガイド業を学んだわけでもない。ただ20年もの登山キャリアだけが、登山ガイドを仕事とする根拠だった。そのためガイドする山は登りやすい山やコースに限定されるし、お客様も登山初心者の方が対象だった。もちろん料金も格安だ。
 
メールか電話で登山ガイドをお願いしたいとの依頼を受ける。私はその場で価格を提示し、了承をいただければ契約成立だ。あとは希望の地域、登りたい山などを伺い、日程調整を済ませればあとは当日を待つだけ。私にとってまさに趣味と実益を兼ねた最高の仕事だった。
 
そんな中で、私は多くのお客様が登山に対してある誤解をしていることに気がついた。それは、登山という活動が非常に過酷で、山頂に到達するためにはアスリートかそれに近い体力をつけなければならないということだった。登山当日前にまずはこの誤解を解く必要があった。
 
電話口の田島さんは60代の女性、今回お友達と一緒に山に登りたいとのことでガイドの依頼をいただいた。田島さんもまた登山について同様の誤解されていた。
 
そんな田島さんに対して私は答えた。
 
「大丈夫ですよ。登山に体力はいりませんし、特に私がガイドするお客様の中には息切れすらせずに山頂にたどり着く人だっています。安心して自然の中の散歩を存分に楽しんでくださいね」
 
そう。実は登山に体力は必要ない。もちろん体力はあるに越したことはないが、体力に自信がないからと登山を諦める必要は全くない、ということだ。柔道や合気道の達人が最小限の力で対戦相手を圧倒するように、登山も体力の消耗を最小限に抑えながら目指す山頂へと到達することができる。それはテクニックだ。しかも、柔道や合気道のように長年の修練で身につくような難しいテクニックではない。知っていれば誰でもすぐに実施可能なテクニックなのだ。
 
「登山で体力がいらないなんて本当ですか?」
 
田島さんはなお不安そうだ。本来であれば、登山当日にお話することではあるが、田島さんには先に説明して不安を解消しておいたほうがよさそうだ。そこで私は、登山で体力がいらない理由を説明した。
「田島さん、登山で体力がいらない理由は2つの簡単なテクニックを使うからです」
「2つのテクニックですか?」
「そうです。テクニックといっても難しくはありません。その知識があれば誰でも簡単に使えます。簡単にお話しますね。」
「はい、ぜひ」
「1つ目のテクニックは歩幅です。普段街中を歩く歩幅をイメージしていただきたいのですが、登山ではその半分以下の歩幅で歩いていただきます。そうすることで体力の消耗を抑えることができます」
電話口の田島さんは意外そうだった。
「そんな簡単なことで?」
「はい、普段意識することはないでしょうが、歩幅と体力の消耗は大きく関係しています。もう1つのテクニックもお知りになりたいですか?」
「もちろんです」
「もう1つは歩行速度です。歩幅もそうですが、歩行速度もまた体力の消耗と大きく関係しています。つまり、普段街中を歩くよりもゆっくり歩くことで体力の消耗を抑えることができます」
「なるほど、その2つを身につければ体力を消耗することなく山頂に到達できるということですか?」
「おっしゃる通りです。ただ山頂にこだわる必要はありません」
「と言いますと?」
「登山において山頂への到達はおまけです。それよりも自然豊かな山を歩き、おいしい空気を体に取り入れ、心身ともにリラックスすることに真の登山の価値があるのです」
そこまで話すと、田島さんの声から不安は消えていたようだった。田島さんは当日を楽しみにしていますね、といい電話を切った。
 
山頂にこだわる必要はないという言葉は、実は正しくはない。登山するならば山頂を目指すのは当然だからだ。しかし、私は敢えてそう言った。これは山頂を目指すことが田島さんのプレッシャーになることを防ぐためだ。自然の中の歩行を楽しむことができれば、自ずと山頂へは到達する。それが最も理想的な登山だと私は考えている。不要な心理的プレッシャーを除く、それは3つ目のテクニックと言っていいだろう。
 
それから当日を迎えた田島さんとお友達は、私のガイドの元で存分に登山を楽しみ自然を楽しみ、登山口からおよそ3時間後に山頂へと到達した。この時2人もほとんど息切れをしていなかった。
 
現在、私は登山ガイドの仕事をしていない。比較的多くの依頼をいただいていたが、お金で山に登るという感覚にどうしても慣れることができなかったのだ。私にとっての登山は再び趣味となった。
 
趣味は人それぞれ。冒頭でもお話しした通りだ。しかし、私はより多くの人に登山という趣味をオススメしたい。なぜなら登山は人にとっての精神的、身体的健康が極めて理想的な形で実現できる活動だと思っているからだ。
 
普段の仕事でどれだけ精神的に追い詰められても、山を歩くだけで気持ちをリセットすることができる。普段どれだけ不摂生をしている人でも、登山で生活を見直すきっかけにできる可能性がある。それはきっと私だけではないはずだ。もし私にガイドをお願いしたい、と言う人がいればぜひとも連絡をいただきたい。仕事ではなく、登山仲間として登山の魅力を存分にお伝えしたいと思う。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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