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自分が少しは大人になれたと思えた、ほんの短い時間の父との電話

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:三浦みち(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
約束の時間になり、私は父に電話をかけた。おそるおそる自分の言い分を伝え、父の反応を待った。
父は怒るだろうか?スマホを持つ手に力が入った。
 
私の父は小学校で教鞭を取っていた。私が子どものころもいろいろと教育にも思い入れがあったようで、習い事も多くはないが習字とピアノに通っていた。田んぼに囲まれたものすごい田舎で、隣町まで車での送り迎えが必要な習い事を2つもやっている私のような子どもはほとんどいなかったように思う。
特に父は教師が故の職業病もあるだろうが厳格なタイプで、習字もうまく書けなければその度に細かく指摘されていた。そういうところは習い事以外の部分にも発揮されていた。学校で読書感想文の宿題が出れば、書いたものを読んで構成が悪ければ書き直しをさせられるし、赤ペンで誤字脱字を指摘される。学芸会で役をもらえば、父が納得する演技ができるまで夜まで練習させられた。正直、父のそういうところが本当に嫌だった。好きにやらせてほしいと泣きながら何度も思った。
大人になった今でも同じ夢を見る。特に自分に自信が持てないときによく見る。父が何か言い私がそれをきっかけに怒り出し泣きじゃくる夢だ。
 
その厳格な父が、電話越しに私の話に「うん」と相槌を打つ。ぽつりぽつりと自分の気持ちを伝えながらも、子どものころの気持ちが蘇るようだった。
 
きっかけは電話をかけるに至る数ヶ月前のことである。
 
「また、習字やりたいかも」
 
その日は、東京に来た両親と食事をした後、駅に向かう道すがら、わたしはぼそっとそうこぼした。
うちの両親はしょっちゅう東京に来る。70になる田舎に住む両親は、夫婦で書道をやっていて、それも随分と長いこと続けている。どちらも所属する書道会の中では確か師範くらいの腕前で、最近は自分たちも先生として、近所の奥様方にほとんど無料で習字を教えているらしい。そんな二人は定期的に、東京にある書道の学校に通っていて、授業や展示会の度に、月に一度ほどの頻度で東京にやってくるのである。
 
「あらそうなの?」と、おっとりした調子で母は答えた。ちょっと考えて、いんじゃないの、と続けた。父は無言で話を聞いていた。何も言わなかったが、私の言葉に聞き耳を立てているのはわかった。
 
その頃私は、仕事でも中堅以上になり、徐々に余裕が出てきていた頃だった。なにか休日にゆっくり自分を見つめながら取り組めるような趣味はないかと、絵画や歌など近くにある教室を探していた。両親に会って、そういえば昔は自分も習字やってたな、ということを思い出したのだ。
 
「お母さん、よかったらお手本でも書いて送ってよ」と申し出ると、「ええ〜何がいいのかな〜」と言いながらあれこれと考えを巡らせているようだった。そして駅に着き、その日は別れた。
 
翌月、二人はまた東京にやってきた。夫と暮らす家を神奈川に引っ越したので、新居を見学にやってきたのだ。
 
食事をして、テレビを見ながら談笑を始めると、父は「時間が無くなる前にこれをやらないと」と言って持ってきていた大きな紙袋をテーブルにどかっと置いた。紙袋から何やらガサゴソと大量の荷物を出して、テーブルに広げはじめた。それは習字道具だった。硯に小さなきれいな水差し、筆、半紙。
それを見て私は素直に嬉しかった。あの日、何も言わずに聞いていたと思った父が、私のためにこれだけの道具を準備してくれたのだ。本気とも冗談ともつかないほど何気なく言った「習字やろうかな」の言葉を聞いてだ。「ありがとう、うれしい」と、素直に言葉にした。
 
そこまではよかった。ただ、それだけでは終わらなかった。
 
父は道具を紹介し終えると、墨をすり、筆をつけ、紙を整えて、手本を出した。「さあ書いてみなさい」と言った。「この手本はなに?」と聞くと、両親が所属する書道会のテキストだと言う。続けて「俺の門下にお前を登録したから」「テキストは毎月送るから、何か書いてよこしなさい」と言った。
私は知らずに親の手続きで書道会の会員になり、父の門下生になっていたのだ。
 
ひゅっと時間を超えて、あの頃父に指示されながら泣きじゃくっていた自分の感情が蘇ってきた。「そうだ、こういう人だった」そう思った。
その日は、楽しい食事会の雰囲気を壊すことができず、「毎月送るのは嫌だな」とそれだけ言って別れた。
 
後日、私は怒りを胸に母に電話をした。母に聞いてみると、父は私が「習字をやりたい」と言うのを聞いて、とても喜んだのだそうだ。田舎に帰ってさっそく道具を揃え、書道会に登録し、私に一式を渡す日を楽しみにしていたのだ。「あなたが怒ってるって、傷つきそうで言えないわ」と言っていた。
 
私は改めて直接、父に電話をかけることにした。電話に出た父は、母から私が怒っていることを聞いたのか、すでに少ししおらしい声をしていた。私は、あの日習字道具を揃えてくれたことは素直に嬉しかったこと。ただし、指導はいらず、のんびりとはじめたいこと。勝手に書道会に登録したことは嫌だったこと。お願いだから書道会の登録は解除してほしいことを順にただ淡々と伝えた。
 
すると思いがけず父は、ただ「悪かった」とだけ言って謝った。そして少し話して、電話を切った。
 
私は拍子抜けした。てっきり、「俺の気持ちも考えろ」とか「せっかく準備したのに酷い言い草だ」というようなことを言われるとばかり思っていた。
 
電話を切ると、「しっかり話してえらかったね」と横で聞いていた夫が言った。その言葉にそれまで感じていた毒気がすっとひいていくのがわかった。そうか、私はえらかったのか。
 
正直、電話をかける前は「なんでこんなことを」とばかり考えていた。もういい大人になった私が、歳を取った父親と未だにこんな子どもっぽいやりとりをしなければいけないのかと憤っていた。でも、振り返ればそれは違った。よく見るあの夢とは違う展開になった。
 
何が違ったのか。確かに、あの日私は納得のいかない父の言動にその場でくってかかることはしなかった。今も、ぎゃんぎゃんと怒りをぶちまけることはなく、素直に気持ちを伝えることができた。泣きじゃくることもなかった。
 
私は何におびえていたのだろうか。今の自分はあの頃のように感情にまかせて騒ぐことはしないのに、そういう自分を信じていなかったのは自分だったのかもしれない。父とのやりとりが怖いだけじゃく、子どもっぽいままの自分であることをこそ怖がっていたのだ。
 
これをきっかけに父とこれまでより仲良くなるというようなことはない。でも、また父が何かを私に押し付けるようなことがあっても、父の気持ちを汲むことはできるだろう。ほんの少しではあるが、そのくらいには私も成長しているのだ。そうなれた自分をただ褒めて、許してあげたい。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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