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16番ホームに史上最大の忘れ物をしてしまいました


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
久しぶりに訪れた博多駅は、コロナ禍でしんと静まり返った時期もあったとは信じがたいほど異様な熱気に包まれていた。
 
GWの真っただ中、各方面へ移動する乗客たちであふれかえっている。みな土産物の紙袋を下げたりして浮足立っているのがなんとなくわかる。私たちもその中の一組で、新幹線を使って夫の実家へ帰省しようとしていた。
 
駅について早速夫が言う。
「じゃあ、俺は切符を引き替えてくるからね」
くねくねと曲がりながらでないと収まりきれないほどの長蛇の列の最後尾に夫が並ぶ。
 
几帳面・計画的・時間に正確・無駄な行動が嫌いとA型のトリセツから飛び出してきたような夫は旅行や帰省など家族で移動する際は必ず仕切ってくれる。
ズボラで計画性のない私がやるより1,000%仕上がりが良いので丸投げ状態だ。
 
夫が列に並んでいる間に3人で駅弁を買いに行く。
4才には「かもめ」の可愛らしい新幹線弁当、7才には「シンカリオン」のかっこいいお弁当。私は松花堂弁当に決めた。小さく仕切られた枠の中に色とりどりの美しいおかずが納まっている。非日常の楽しみは気持ちのストッパーを一気に外す。準備は整った。これで新幹線の旅はいよいよワクワクするものに仕上がってきていた。
 
切符を引き替えた夫と合流。
「じゃあ、今から切符を配るね」
途中、駅で乗り継ぎが発生するため一人あたりの切符は行きだけで3枚。それを順番に並べて子供たちと私に配っていく。その様子はまるで修学旅行引率の教師である。
 
さて、出発時間が少しずつ近づいてきていた。
夫は自分用の弁当を選んで、ついでにおみやげを買ってくるという。普段からお父さん大好きな4才はついていくことになり、7才は私と一緒に車内で食べるお菓子を買いに行くことにした。こうして4人家族は二手に分かれて行動することになった。
 
7才とのコンビニでの買い物が終わり、改めて切符を確認。
「えーっと、11時27分発東京行き……のぞみ146号だから……12番ホームだね」
新幹線乗り場は11番ホームから16番ホームまで全部で6つ。
 
コンビニでの買い物は人出の多さもあり、思いがけず時間を食ってしまった。のんびり屋の私も新幹線に乗り遅れてはシャレにならんと若干7才を急かしながら先を急ぐ。
指定席の号車の乗り入れ口まできて(あれ?)と違和感を覚える。夫と4才の姿が全く見えない。このとき既に発車まで10分を切っていた。
おかしい。時間に正確で、慎重かつ計画的な夫が新幹線出発の10分前にホームに到着していないのは考えられない。
 
私はキョロキョロと辺りを見回しながら、夫の携帯に電話をかける。
コール音だけがむなしく耳元で響き、一向に出る気配がない。一体何をやっているのか!
だんだんと焦燥感が募り始める。
 
ここで新幹線がホームに入ってきた。発車5分前。戦いのゴングが鳴り響いたも同然だった。
新幹線は到着が完了すると、気持ちをもてあそぶかのようにやたらゆっくりと扉を開いた。
何だ君は、挑戦状のつもりか? これからお世話になる新幹線にまで苛立ちを隠せない。列をなしていた乗客が少しずつ車内に流れ込む。
 
そんな私の焦りを知ってか知らずか駅構内に淡々としたアナウンスが流れる。
「まもなく、のぞみ146号が出発いたします。ご利用のお客様はご乗車ください」
 
発車までもう3分を切っていた。夫にまた電話を掛けてみるが全然出ない。
その場を離れて探しに行くには時間が無さすぎる。とりあえず早く来い! 早く来い! と念を送りながらその場でつい足踏みする。
 
ついにその時はやってきた。
「のぞみ146号が発車いたしまーす! 白線の内側までお下がりくださーい!!」
アナウンスが146号の乗客向けから、見送りの客へ切り替わった瞬間、私の微かな希望は絶望へと変わった。
 
もうダメだ。私たちがこの手元の切符を無駄にすることはできない。もしかしたら最後の最後で夫も間に合うかもしれない、という一縷の希望を胸に私は7才の手を引いて新幹線に飛び乗った。
プルルルルルルルルー。
無情にも構内いっぱいにのぞみ146号の発車ベルは鳴り響き、到着時と同様ゆっくりと新幹線はそのドアを閉じた。
そして、徐々に博多駅を離れ、最終駅の東京へ向けて進み始めたのだった。
し、信じられない……。夫と4才が居ぬままの新幹線なんて……。
 
と、そこで私の携帯が震えた。夫からだ!
「もしもし?」
「あ、もしもし……ねぇもう出発した新幹線に乗り込んでる?」
「うん(もちろん)」
「あー! よかったよかった、それでええ!」
(え?)
「ごめんごめん! 俺は乗り遅れたー!! アーハッハッハッ!!」
普段にはない勢いで大笑いする様子から夫もそれなりに焦っているのが見て取れた。
 
えー!! というべきなのか、やっぱりー!! というべきなのかよくわからないが夫の「よかったよかった」が全然よくないことだけはわかった。
私はなす術なく天を仰いだ。こうして私は今までの家族旅行で史上最大の「夫」という忘れ物を駅に残してきたのだった。
 
話を聞くと、内容はこうだった。
夫はトイレも含め全ての用事を済ませ、10分前にはホームにいた。問題はそれが私たちが乗り込む12番ホームではなく全然違う16番ホームであったということだ。
上りと下りを合わせると常時20以上は出発の時刻を映し出している新幹線の電光掲示板を見誤って、なんと東京は東京行きでも、予定より1時間も後の12時27分発をホームで待っていたらしかった。
 
私はというと、状況を把握し動き出すまでに時間がかかった。そばでは7才が私の顔を心配そうに覗き込み「ねえ、どうしたの? 何があったの?」と言っている。だが、いったん頭を冷静にしたい私にゆっくり丁寧に説明してあげる余裕はまだなかった。
「ごめん、ちょっと待って……」夫と4才の指定席代も含めた新幹線チケットが無駄となり、諭吉が空に羽ばたいていくさまを思いながらそれだけを絞り出した。すまん、お母さんキャパシティがミジンコなんだ。
 
3分ほどが経過した時ようやく諦めがついた。考えたって仕方ない。さっき買った駅弁でも食べよう。私たちは夫がかねてより確保してくれていた指定席に腰をおろした。
 
すると夫からLINE。「9分後の新幹線に乗れたよ」
なんと素早い行動だろう。私だったらいったん落ち込み、次の作戦を練るまで時間を要してしまい、9分後にもう乗車しているなんて無理だ。
あとから知ったことだがJR新幹線ネットによると「指定席で予約していた列車に乗り遅れた場合、原則として後続列車の自由席に乗る事ができます」とあった。
 
この事を予め知っていた夫は、9分後に出発する新幹線に無事乗車できたのである。
羽ばたいたかと思った諭吉が戻ってきて心底安堵した。
 
乗り継ぎの関係もあり、結局目的の駅で落ち合えたのは私と7才が到着してから約1時間後のことであった。こうして我が家の珍道中は幕を閉じた。
 
いまどき何か忘れ物があったとして、お財布とスマホがあればまあどうにかなる。
だから「必要不可欠な持ち物リスト」がもしあれば、そこにお財布とスマホは入れておきたい。そして今回そのリストに、私はあらたに「夫」を加えた。次回の移動では必ず「夫」を所持することを心に誓ったのである。
 
 
 
 
***
 
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2023-05-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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