虹の橋の先の、ぼくの苦手な動物
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:花 橋子(ライティング・ゼミ4月コース)
※この話はフィクションです
ぼくには、苦手な奴がいる。
そいつとは同じ家に住んでいるけど、めったに会うことはない。でも、確実にそいつは存在している。
それを一番感じるのは、毎朝、ねぇねがぼくに触れる時だ。朝、がちゃりと玄関の開く音が聞こえたら、ぼくは小屋から飛び出して、玄関を見つめる。そして、待ちに待ったねぇねと目が合ったら、すぐに「伏せ」の姿勢をする。ぼくのところまで来たねぇねは「おはよう」と言いながら、ぼくの顔や体を撫でてくれる。お散歩をする前の、大好きで大切な儀式だ。でも、ぼくを撫でるねぇねの手からは、ぼくじゃない動物の匂いがする。その匂いで、ぼくはそいつが存在していることも、毎朝、確認していた。
そいつとは、ねぇねがお休みのお天気のいい日の午後に会う。ねぇねが抱えてくるピンク色のケージの中に、そいつは入っている。最初は、そのケージの中に何が入っているのかなんて知らなかったから、無防備に近づいて、うっかりケージを覗いてしまった。すると、ぼくの頭の大きさほどの、耳の長い灰色の動物が座っていて、腰を抜かしそうになった。そしてその時、ねぇねの手から匂う動物の正体がわかったんだ。
余談だけれど、ぼくは小さい動物が苦手だ。お散歩のとき、一度、ぼくの鼻先に突然子猫が下りてきて以来、どうも自分より小さい動物は好きになれない。ぼくと同じか大きいくらいの動物は平気なんだけど。
だから、ねぇねがそのピンクのケージを持ってきたときは、ぼくはいつも小屋の中に避難する。そんなぼくをしり目に、その耳の長い動物は平気な顔で、ぼくの小屋の周りをちょこちょこ歩いたり、外の風に鼻をふくふく動かしたりしている。肝心のねぇねは、「あんたは臆病だねえ」とぼくに言いながら、ピンクのケージをシャカシャカと洗っている。おもしろくない。
ケージをきれいにすると、ねぇねは耳の長い動物を膝に抱き上げて、その体を丁寧に点検する。それから、小さなタオルで、顔やお尻を拭いてあげたり、爪を切ってあげたりする。もちろん、とっても優しく声をかけながら。
ぼくのシャンプーの担当もねぇねだ。そのねぇねがとられてしまった気がして、やっぱりちょっとおもしろくない。
だから、ぼくはそいつが苦手だった。
ある日の朝、ねぇねが来なかった。どうしたんだろうと思ってお母さんからもらったえさを食べながらねぇねを待っていたけど、仕事に出かける様子もない。
しばらくすると、目を真っ赤にしたねぇねが段ボール箱を持って、お父さんと出てきた。そして、ぼくに声もかけないで、お父さんの車に乗っていく。こんなことは初めてだ。
心配になっていると、お母さんがぼくに近づいてきて言った。
「ねぇねはとっても辛いことがあったんだよ」
ねぇねの辛いことって、なんだろう。
しばらくすると、さっきよりさらに目を腫らしたねぇねが戻って来た。出かけるときに持っていた段ボールは、もう持っていない。
じっとねぇねの顔を見ていると、ねぇねと目が合った。ねぇねが表情を崩して、ぼくの名前を呼びながら、ぼくを撫でる。ねぇねの手からは、いつもの長い耳の動物の匂いと、お線香の匂いがした。
その日から、ねぇねの手から漂う長い耳の動物の匂いが、だんだんと薄くなっていった。ねぇねがピンクのケージを持って出てくることもなくなった。そして、ねぇねの手から完全に匂いが消えたころ、ぼくはあいつがこの世からいなくなったことを知った。
あの耳の長い動物は、動物病院の獣医さんもびっくりするくらいの長寿だった。獣医さんから「静かに見送ってあげてください」と言われた時から、ねぇねは覚悟をしていたみたいだ。
最期の日の朝、ねぇねは、横になったままのあいつに「苦しかったら、待たなくていいからね」と声をかけて、泣きながら仕事に向かっていった。もう会えないという覚悟をして。
でも、あいつは待っていた。早めに仕事を切り上げて来たねぇねに抱っこされて、1時間もしないうちに、目を閉じた。「待ってるなんて、動物ってすごいね」ってねぇねは言ってたけど、でも、ぼくはあいつの気持ちがわかる。
何年も何年も、毎日顔を合わせて、お話しして、楽しい時間を過ごしていれば、やっぱりぼくたちだって、最期にありがとうを言いたいよ。いじけるぼくの横で、ねぇねに体を拭いてもらっていた幸せそうなあいつの姿が浮かぶ。
ぼくたち動物を飼う時、飼い主さんは、最期のお別れが来ることもじゅうぶんに理解したうえで、その辛さを受け入れる覚悟をしたうえで、ぼくたちを迎えてくれている。有限だからこそ、その時間は貴重で愛おしい。その時間を一緒に過ごすぼくたちと飼い主さんだからこそ、信頼関係が生まれるんだ。一時のかわいさや流行りで動物を飼う飼い主さんの匂いに、ぼくたちは敏感だ。
あいつは、幸せな動物だった。ぼくもきっと幸せな動物だ。そうだよな。
亡くなった動物が渡るという虹の橋を、ぼくも渡るときが来たら、真っ先に苦手だったあの長い耳の動物を見つけて、そう語り合いたい。
***
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