メディアグランプリ

レリーフに刻まれた、人間という生き物


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:鈴木 洋子(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「このレリーフには、人間の欲が描かれています」
 
ガイドさんのその言葉に、心の中に張りつめていた糸がふっとゆるんだ。
目の前に、ここに導かれた理由があった。
 
30代前半、職場の人間関係がうまくいかなくなった。自分の思いと、周りの人の思いがすれ違う。心の糸が今にも切れそうな限界にまで達し、仕事を辞める決心をした。心の休養期間を設けようと、海外旅行に行くことにした。
 
行き先はどこにしようかと、手帳に書き溜めた行きたい国リストと、旅行会社のパンフレットのツアー日程を照らし合わせる。
行きたい国リストには、5つの国が書いてある。その中にインドネシアがあった。インドネシアで特に気になっているものが3つある。
 
1つ目は、バリ島の「ウブド」という棚田を見ること。パンフレットの写真に写る、山に段々に重なる青々とした景色を見たいと思った。
 
2つ目は、「ケチャ」という呪術的な舞踏劇を見ること。中学生のとき、音楽の授業でケチャの映像を見て衝撃を受けた。上半身裸の男性たちが大勢で円陣を組んで、「チャッ、チャッ、チャッ」という声だけで音楽を奏でていた。
 
3つ目は、ジャワ島にある「ボロドゥール遺跡」を見ること。石造りの広大な仏教寺院の遺跡、何百もの仏像と仏塔が森の中で千年以上もの間、残っていることの不思議さ。
 
今まで候補には挙がっていたが、インドネシアのツアーでこの3つすべてを制覇するには7日間必要で、仕事をしているときは休日とツアーの日程が合わず、行くチャンスを逃していた。
 
今回の休養期間、仕事を辞めて落ち着くころ、退職1週間後の日程にちょうど合うツアーがあり、申し込むことにした。
 
3月末に無事に退職し、4月の2週目、インドネシアに出発した。
 
インドネシアのバリ島に到着し、2日目、飛行機でジャワ島へ向かった。
3日目は、ボロブドゥール遺跡と夜明けの情景鑑賞というプランだった。早朝4時にバスに乗り、ボロブドゥール遺跡にいよいよ到着した。
 
遺跡は5層の壇になっていて、一番下の壇には、人々の生活や儀式の様子がレリーフで描かれていた。一周したところでガイドさんが立ち止まり、あるレリーフを指して、解説をしてくださった。
 
「このレリーフには、人間の欲が描かれています。男性は、飲酒や賭け事に対する欲、女性は、井戸端会議、世間話や噂話に対する欲によって身を滅ぼす、という教えです」
 
その言葉が、心の奥深くに張りつめていた糸をゆるめてくれた。
女性の欲というのは、千年以上前から、今に至るまでずっと変わっていなかったのだ。
仕事の人間関係で悩んで、悩んだ末に退職して、このレリーフにたどり着いた。人間関係が良好な時に訪れていたら、きっとこのレリーフの意味を聞き流してしまっていただろう。
古代の人も今の私と同じように、欲に悩みながら日々を過ごしていたのだ。
人間の欲というものは、古代も今も同じであり、人間というものに生まれた以上、つきまとうものなのだ。
 
4日目、ウブドの棚田を観光した。
心が軽くなった今、棚田の青さが輝いて見えた。日本の棚田とはまた違って、南国の日差しに照らされた、独特の鮮やかな青さだった。あぜ道を歩きながら、自然に囲まれ、暑い中で時折清々しい風が吹いていく。
 
5日目、ケチャの鑑賞の日。
中学生以来憧れていた「ケチャ」がようやく見られる。
屋外に円形のすり鉢状の会場があり、石造りの座席に順番に案内される。15分ほど待つと、「チャッ、チャッ、チャッ」と声を発しながら、腰布を巻いた男性たちが中央のステージに次々と登場する。100人ぐらいが幾重にも円陣を組み、あぐら座りをしていく。
古代の物語を題材にした舞踏劇が繰り広げられる。「チャッ」という音が複雑に絡み合い、一つの合唱になる。異国の地で、言葉が分からなくても、「チャッ」という音だけで、気持ちや情景が伝わり胸に響いてくる。
 
行きたい場所、憧れの地を書き出してみる。すぐに実現可能な場所であれば気軽に行ける。行こうと思っても、日数、時間の制約があり、すぐには行けない場合も、あきらめずにそのリストを時々眺め、心の片隅に行きたい気持ちを保ち続ける。来たるべき時まで待つ。すると、いつかきっと、そこに行くのにふさわしい心境、本当に必要な状況になったときに行くチャンスが巡ってくるのだろう。同じ場所でも、行った時の心境によって、感じ方、見える景色が全く別のものになる。
 
今回、このタイミングで憧れの場所に行けたことは、私にとって、人生の転換期になった。あきらめずに思い続けることが、いつか自分を助けてくれる力になるということを知ることができた。自分というもの、人間というものを受け入れられるようになった。
 
さあ、ここから、新しい未来に向かって踏み出そう!
 
 
 
 
***
 
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2023-07-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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