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私とキクリンの約900日戦争


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記事:庄司華(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
高校3年間、5段階評価の通知表でずっと「2」だった教科がある。
テストの点数が悲惨だったわけでも、寝ていたわけでもない。もちろん授業妨害もしていない。
ただ、先生とソリが合わなかったのだ。
 
「4」か「5」が並ぶ比較的輝かしい通知表で異彩を放っていた教科、それは「体育」である。
 
タイトル通り、私(当時女子高生・バレーボール部所属)と体育教師キクリン(50代女性・チアリーディング部顧問)は約900日間、つまりは高校3年間、戦争と呼んでも差し支えない熾烈なバトルを繰り広げていた。
 
今回は、当時どこまでも情熱を燃やした戦いの日々の一部を、ダイジェストでご紹介しよう。
 
●頭の悪そうな声を出すな編
 
準備運動がてらのジョギングにて、体育委員として真面目に「イッチニー、イッチニー」と掛け声をかけていた私にキクリンが言った言葉。それが「頭の悪そうな声を出すな」である。もはや通り魔ばりの理不尽だ。自称、喧嘩っ早さ学年1の私はブチギレた。絶対にこいつの鼻を明かしてやろうと思った。
学友が笑ってしまうくらいのバカみたいな声量で掛け声をかける私。他クラスに「声を出せ」と言っている手前「うるさい」とは注意できないキクリン。
「庄司さんって元気でいいですね」
教育実習生がキクリンにそう言うのを聞いて、最高に胸がスッとした。
「あれでやり込めた気でいるバカですよ」
なんだとクソババア‼︎
約900日戦争、開幕である。
 
●ギャルみたいな下着透けてますよ編
 
夏だ。プールだ。生徒は涼しく、体育教師にはクソ暑いだけの地獄の季節だ。
暑さゆえに薄着になったのが運の尽き。キクリンの白Tに、ピンクの豹柄が透けていた。
クスクスと笑う女子生徒たち。どうして笑われているのか理解できていないキクリン。
「ギャルみたいな下着透けてますよ。タオルかしましょうか?」
半分は嫌がらせだが、半分はマジで優しさだった。だって、そのまま校舎に戻ったら? このプールには女子生徒しかいないが、高校自体は共学である。男子生徒に指摘されるよか随分マシだろう。
「一言多い」
ごもっとも。
タオルは奪われた。かすって言ったけどさ……羽織とかないのかよお前……。
以降キクリンが白Tを着ることはなかった。豹柄ブラの行方は誰も知らない。
 
●お前がそんなに踊れないはずがない編
 
大抵のことは努力と根性で何とかなると思っている私だが、唯一どう頑張っても一般人の足元にすら及ばないもの。それが「ダンス」だ。だが、女子生徒はほぼ必ず、体育祭でダンスを踊らされる。マジで最悪だ。しかも、運動部というだけでダンスくらいおちゃのこさいさいと思われる節がある。
きっとキクリンもそうだったのだろう。
「庄司! ちゃんと踊れ! お前がそんなに踊れないはずないだろ!」
クッソ〜〜〜学年練習の日に拡声器まで使って言いやがって!
「マジで踊れません!」
「ちゃんとやらないなら居残りさせるぞ!」
「庄司はダンスがド下手なだけでこれが全力です先生!(By学友)」
公開処刑もいいとこである。
なお、体育祭当日までかなりの居残り練習を課されたわけだが、結局踊れるようにはならなかった。踊り姿を見た後輩いわく「江頭っぽかったです」。お前も許さん。
 
●祝・半世紀編
 
粗暴なゴリラであるキクリンだが、所属するチアリーディング部では誕生日に部員全員からケーキとプレゼントでお祝いされている。そう教えてくれたのは性善説の実体化のような友人――田中ちゃんだ。その際の写真を見せてもらうと、まるで少女のように目を輝かせて笑うキクリンが映っていた。
「てかあいつ何歳?」
「今年で50歳! 誕生日来週だよ!」
顔を合わせるたび嫌味や小言を言ってくる非常に教育熱心な先生へ、誕生日祝いと称して“お礼”をしよう。そこで考えたのが、半世紀おめでとう作戦だ。内容は至って単純。ただ盛大に「半世紀おめでと〜〜〜〜〜!」と叫ぶだけ。女性に年齢の話はタブーらしいが、生徒から盛大に祝われてケチをつける鬼畜もいまい。
当日、キクリンは体育の授業をしに、いつもと同じくジャージ姿で現れた。待ち受けるのは、直前に「一緒に歌ってよ」とネゴっておいた2クラス分の女子生徒(2クラス合同で体育を行うのがデフォルトだった)。正直、ちょっと感動するくらい素敵なバースデーソングが体育館に響き渡った。そして、私の声も。
「半世紀おめでと〜〜〜〜〜!」
「半世紀とか言うな! 庄司! 後で生徒指導室に来なさい!」
キクリンの声が一番デカかった。
 
●1on1で勝負だクソ野郎編【最終戦】
 
3年3学期ラストの体育の授業。好きなスポーツを選び試合を行うことが決まり、選ばれたのはバスケットボールだった。
「絶対優勝しようね」
体育の授業なので特に優勝の概念はないが、仲間とそう声を掛け合う。これで本当に最後なのだと、ほんのり悲しげな空気も漂っていた。
審判キクリンの笛の合図で試合開始。汗と涙の試合スタートと思いきや……。
「何でキクリンがドリブルしてんだよ! 審判だろ!」
「公平性が足りないから!」
「どう解釈したら審判が敵チームの一員になるのが公平なんだ‼︎」
ぎゃあぎゃあと文句を垂れつつも、恐ろしく俊敏なキクリンに何とか食らいついた。湧く観客(学友たち)。ボールを奪う私。もはや引いている敵チームの生徒。
ビビるくらいにシュートを外すので、いつだって最後は仲間にパスを出していた。でも、今日は違う。
「行け! 庄司!」
やるしかない! 己の手で点を取ってこそ完全勝利だ‼︎
 
こうしてキクリンと私の戦いは、「私の勝利」で幕を閉じた。
正確には、以降も廊下ですれ違うたび「靴の踵を踏むな」「教科書を丸めるな」「カバンを投げるな」「リボンが汚い」等々絡んできたわけだが、体育の先生にスポーツで勝ったのだ。もはや負け犬の遠吠えにしか聞こえない。
 
けれど本当は、キクリンがいかに良い先生だったかも知っている。
私は日光を浴びるとぶっ倒れる体質で、暑い日も寒い日も変わらずぶっ倒れた。体調不良を察知し逃げ込んだ木陰で死んでいたこともある。
 
そんな時、私を保健室に連れて行くのはいつもキクリンだった。50キロ超えの女生徒を軽々とおぶり、校庭から随分離れたその場所まで歩くのだ。いつも嫌味を言うくせに、私を背に乗せているときは一度も口を開かなかった。
 
すぐに保健室に連れて行けない時、水筒の水で濡らした自身のタオルを私のおでこに乗せてくれた時もあった。マラソン大会を終え同級生のゴールを待つ間に倒れた私に、ベンチコートをかしてくれた。キクリンは半袖だった。
 
私は確かにキクリンが嫌いだったし、キクリンも私が嫌いだったと思うけれど、同時に、私は生徒に全力でぶつかるキクリンを尊敬していたし、キクリンとて私に愛着のようなものを感じていたに違いない。
 
卒業式の日、私はキクリンに会いに行った。
いつもは嫌でも鉢合わせるから、私が彼女を探したのはあの日が最初で最後だった。
「菊池先生」
初めて、そう呼んだと思う。
キクリンは他の生徒に囲まれて笑っていた。けれど、声を聞いて振り返る。そして、私の膝を指差す。
「スカートが短い!」
「もういいじゃないっすか! マジでうぜぇ!」
 
 
 
 
***
 
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2023-07-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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