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不安は蜃気楼


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記事:くろねこ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「内定を辞退したい」
 
メッセージを見た瞬間に心臓がキュッとなる。
来月に入社を控えた方からの、深夜の連絡だった。
 
彼はエンジニアだ。若手でキャリアは浅いものの、ポテンシャルが高く伸びしろが期待される人材だった。私は採用担当として、内定から3ヶ月間にわたり定期的な面談を行いながら、入社までのサポートを行っていた。
 
にもかかわらず。
 
完全に想定外だった。当時、私は入社前サポートを6名ほど同時進行していたが「一番安心」していた人だったからだ。1週間前の面談では、前もって会社から発行したChatGPTの有料アカウントを受け取って、嬉しそうに活用例を教えてくれたり、入社したら関わりたいプロジェクトの話もしてくれていた。
 
入社までに特に懸念はないと言っていたが、そもそも不安を聞き出せる関係を構築できていなかった、ということになる。遠方に住む彼は、入社と同時に東京に引っ越してくるという特殊なケースで、加えて人生で初めての転職。ただでさえ新しい環境というのは誰しもデリケートになるタイミングだ。それなのに明るい彼の振る舞いに、私は「大丈夫であってほしい」という気持ちを「大丈夫」にすり替えてしまっていたのだろう。
 
 
とにかく話を聞いてみないことには始まらない。
引き止めたいという思いもあるが、それよりも彼の本心を聞いてみたい。
転職はその人の人生において、極めて重要な選択だ。彼の判断を尊重すべきだが、そこに向き合うものとして、懸念があれば払拭するために力を尽くしたい。
 
 
連絡をした当日、早速面談を実施することになった。
オンラインのZOOM画面に映し出された彼の表情は固く、うつむきがちで声のトーンも低い。
 
 
「やっぱり、色々と難しいと思いまして、入社を辞退したいです」
 
色々と考えたんですね。悩んでたって気がつけなくて、ごめんなさい。
いつぐらいから難しいって思うようになったのかな?
 
「……あの、周りの人と色々話をして……」
 
 
彼からは「色々」の先の言葉が続かない。
オフィスの空調のゴーという音だけが耳にひびく。
 
本当は引き止めたいけど、でも一番はここまで関わってきたから本当のことが知りたいという気持ちを強い、ということを伝えると、彼はゆっくり話しだした。
 
どうやら現職の上司や先輩に、現職とはスピードも規模の異なるプロジェクトについていけるはずがない、と言われたとのこと。それに現職ほどホワイトな会社はない、転職先ではきっと人間扱いされない、とか飲み会は吐くまで飲まないといけない、とか東京はとても危険で住むところではない、とか冷たい人が多いと聞くから友達だってできないと思う、頼れる人もいない環境だ、とか本当にもう「色々」と言われていた。
 
 
聞いた瞬間笑ってしまった。
よくもまぁ見たこともない転職先について、こんなに見解が出てくるものだ。
 
ただ、そんなふうに思うのは私が実態を知っているからなのだろう。
「そんなわけはない」と言い切れるのは、自分の目で見て体験をしているから。
 
どれが本当でどれが嘘なのか。
身をもって体験していない彼には、自信を持って「嘘だ」と思えないはずだ。
もちろん、彼だってこれは引き止めの文言だということは十分に理解している。
でも毎日職場で、あれも不安、これも心配、と言われてつっぱねることができるだろうか。
 
不安は蜃気楼のようなものだ。
 
未来は予測不可能だからこそ頭のなかで様々なシナリオを想像し、不安を引き起こしてしまう。それらのシナリオは現実ではないし、実現する可能性が低い場合であっても、私たちの脳は反応してしまう。本能によって、未知のものは危険であり、現状を維持することを良しとする。これは長い人類の進化の中で、危険から身を守るための生存戦略の一部なのだ。
 
特に新しいことへの移行は、多くの未知の要素を伴うため不安が生じやすい。
一方でこれは蜃気楼だ、と認識できたならば対処法も見えてくる。
 
上司からたくさんの不安な事柄を言われて、どう感じたのか。
彼の不安を1つ1つ言語化してもらい、それが事実なのか丁寧に紐解いてみる。
 
結局のところ、彼が本当に不安だったのは「業務についていけるかどうか」「職場の人間関係が構築できるか」という2点に絞られた。やっぱりどちらも入社してみないとわからないことだろう。
ただその目で見て体験してもらうことはできる。入社前に社内SNSに招待し、メンバー同士の業務のやりとりを直接みたり、部署メンバーと交流したりすることで、不安を解消していくことにした。
 
その後、彼は蜃気楼を打ち破り無事に入社し、現在はリーダーとして新メンバーのメンター(指導者)の役割を担っている。今となっては「なんであんなに不安だったんだろう」と笑っている。
 
不安は行動しなければなくならない。
不安に近づいてみれば、蜃気楼だったと認識できる。
 
私もどちらかというと不安に溺れて行動が止まりがちなタイプなので、不安に気がついた暁には不安を言語化して事実確認したのち、ガンガン距離を詰めて行こうと思う。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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