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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:スズキ ヤスヒロ (ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「あの坂は…… どこだったのだろう?」
あれから、約半世紀が過ぎた今でも、たまに思い出す。
 
小学校五年生の時、5段変速ギアのついた自転車を買ってもらった。
嬉しくて、走り回っているうち、家から遠くまで行ってしまったことがある。
 
空が、急に暗くなり、遠くに雷鳴が聞こえてきた。
「夕立でもくるのかな……」
そう思っていた時だった。
けっこう急な坂道が現れた。
 
夕立がきそう…… でも、“5段変速ギア”の性能を試してみたい”。
ギアを変えて坂を登り始めた。しばらく登っていくと、細い道と交差した。
その細い道の先は鬱蒼とした木に覆われて、トンネルのようになっている。
 
「どうしよう……」
 
この細い道の先に何があるのか…… 行ってみたい。
でも、もうすぐ夕立がきそうだ……。
 
「また、明日に来ればいい……」
 
坂を下り、家に戻った。
夕立にはあわなかったが、帰ってからも、あの暗い木のトンネルのことが気になって仕方ない。
 
次の日。
昨日行ったはずの坂道を探し回った。
どれだけ探し回っても、あの坂道は見つからない。
それから、何度探しに行っても、結局あの坂道は見つからなかった。
 
大学一年の夏。
大学主催のオレゴン大学での語学研修に参加した。語学研修といっても、参加者は同じ学部の一年生から四年生からの希望者なので、修学旅行みたいなものだ。
プログラムには、オレゴン大学の学生もサポートスタッフとして参加していて、すぐに彼らと仲良くなった。
 
オレゴン大の学生のなかに、いつでもどこでも素足の女子、ソニアがいた。
 
おっとりしていて、可愛らしく、明るく、ドジを踏んでは他のスタッフに助けてもらっていた。私と私の親友は、そんなソニアが気になって仕方がなかった。
 
研修も中盤に差し掛かった頃に、すべての関係者と学生全員で大きなバーベキュー大会があった。会場の牧場までは、大学からバス二台での移動だった。
その日ソニアは女友達を一人連れてきていた。他のオレゴン大学の学生スタッフもみな友達を連れてきていて、バーベキュー大会は大盛況。ソニアたちはずっとオレゴン大学の学生たちに囲まれていた。私と親友は、ソニアたちと終わり際にチラリと話すことができた。
 
大学への帰りのバス。私は窓際に座り、隣に座った親友が、つぶやいている。
 
「ソニア。今日もかわいかったな……」
 
ソニアたちは自動車できているので、バスには乗らない。窓から、彼女たちがバスを見送っている姿が見える。
 
ソニアたちがバスのなかの私に気づくと、笑顔で手をふっている…… ?
いやちがう……。
彼女たちは手をふっているのではない。
手招きをしているのだ……。
 
「どうしよう……」
 
今なら、携帯電話があるが、当時はそんなものはない。
でも当時としても、いろいろと“やりよう”はあった。
 
どうしよう…… と迷っているうちに、バスは動き出してしまった
ドミトリーに帰ってからも、手招きをしていた彼女たちの姿が忘れられない……。
 
「そりゃ、行かなくてどーすんだよ…… お前、なにやってんだよ!」
 
私の話を聞いて、寄宿舎のベットの上で悶絶している親友を見ながら、
小学生のあの日、行かなかった“木のトンネルの道”のことを思い出していた。
 
 
『安心・安全』と『不安・危険』の二択は、ある日ある時に突然に現れる。
安心・安全を選択すれば、なにも起きない。
だがもし、不安・危険を選択すれば…… その先になにかあるかもしれない。
 
 
大学生活も最後の年、就活の時期になった。
時代はバブル景気真っ盛り。
友達はみな、有名企業からいくつも内定をとり、意気揚々と遊び回っている。
 
「就活しなきゃな……」
 
モノをつくるか、売るか。なにかしらサービスするか…… の選択。
そのどれにも興味がもてなかった。
 
大学に向かう間に、乗り継ぎの電車の待ち時間に、途中下車して立ち寄った書店。
コンピュータ雑誌を広げたら、新しく開設される国立の大学院の広告が掲載されていた。
『門戸を広げるため、入試は面接のみ……』
でも、願書締切は3日後だった。
 
「大学院…… か」
 
自分は文系の学部生。
だが、広告に載っていたのはバリバリの理系の大学院だ。
でも…… 入試は面接だけだ。
 
成績も悪くないし、就活を少し真面目にやれば、内定をとるのは難しくないだろう。
そうすれば、他の友人たちのように卒業まではあそび暮らせる。
 
また、木のトンネルに行かなかったように、ソニアの誘いを無視してしまったように、
このまま願書締切まで何もせずに、流されてしまうのか……。
まず、その雑誌を買って外へ出た。
そして、思い切って、問い合わせ先に電話をかけた。
 
「願書は大きな書店で、無料で配布していますよ。出願の締切が近いので急いでくださいね」
 
そのままターミナル駅の大型書店に行き、願書を手に入れた。
そして、翌日に出願書類を簡易書留で送ってしまった。
 
入試は約二ヶ月後の九月。
募集要項には『面接では研究計画を説明すること』とある。
 
「バリバリの文系の自分が、どうやって理系大学院での研究計画をしたらいいのか…… ?」
 
図書館に行き、人工知能や数学に関する本を片っ端から読んでみた。
理解できないことだらけだった。
文系学部なので、先生や友人に教えてもらうこともできない。
自分でなんとかするしかない。
 
やがて確実に、入試の日は来てしまうわけで…… 無理やりにひねり出した研究計画をまとめ、面接にのぞんだ。
 
「とてもユニークな研究計画ですね…… 素晴らしい。ぜひ一緒にがんばりましょう」
 
そうして私は、大学院で“理転”することになった。
 
それからは…… 『危険・不安』を選択するようにした。
この選択に“慣れ”などない。
何度やっても、とても怖いし、冷や汗は出るし、すごく躊躇する。
でも、目をつぶって、自分を自分で蹴飛ばして、『危険・不安』を選択してきた。
 
この選択をやめずに続けていくと、それまで想像もできなかったような世界への扉が開かれ続けてきた。
大学院での“理転”をきっかけに、その後、私はさまざまな分野に転身していくことになった。今から思えば、大学までは一年は短く、安泰だった。今では、一年はとてつもなく長い。数ヶ月前のことは、数年前のことのように感じる。
 
『危険・不安』の選択とは、生命・身体に危険が及んだり、法律や社会倫理に反したり、他者に迷惑をかけたりする選択ではない。その選択とは、安住の地に留まろうとする自分に対し、戦いを挑むこと。そこに他人は介在しない。
 
岡本太郎 曰く『安心・安全と、危険・不安の選択があったら迷わず、危険・不安を選択せよ。なぜなら、それがあなたの本当にやりたいことだから』。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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