メディアグランプリ

社会との断絶を経験し、人とのつながりの大切さを知る

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ゆた塾長(ライティング・ゼミ8月コース)
 
 
「一身上の理由により3月31日をもって退職します」
 
今から約15年前、私は長年勤めた職場を離れた。
その時期に退職を決断した直接のきっかけは、職場の人間関係である。
同じ業務を担当していた同僚から、私がやることなすことすべてに難癖をつけられ、人格までも攻撃される毎日。その同僚は、業務成績が非常に優秀な人物だったので、反旗を翻したところで、上司をはじめ私の見方をしてくれる者など誰一人いないだろうと、ただ一人、耐え続ける日々が続いた。
 
辞表を出してから退職するまでの約一か月、その同僚だけでなく全ての周囲の人々の視線は一層厳しく冷たいものとなり、一日も早くその場を去りたい気持ちが日増しに大きくなる。
 
その一方で、私は心の中に「ひそかな優越感」を持っていた。
退職すれば、しばらく充電期間を経て自ら新しい事業を立ち上げる計画があった。
死んだ目をしてあくせくと働く周囲の人々を横目に、私は独立に必要な能力も資金も十分に持ち合わせていると、その時は確信していた。
 
そして退職。
楽しみにしていた「充電期間」が始まり、起業に向けた準備を意気揚々と始める……
はずだった。
 
さあ、どうしたものか。
 
実際に事業を始めてみたがうまくいかないという話はよく聞くが、私の場合、まだ始める前から何をどう準備していいのかさっぱりわからない状況である。
例えるなら、マラソンのウオーミングアップ場で迷子になりスタート地点を探しながら右往左往する情けないランナーのような感じ。
 
このように、「何もしない・できない」日々が過ぎていく。
街を歩いていても、電車に乗っていても、行きかう人々を見渡しながら
もしかして、この中で、働いてないの俺だけ……?
と、否が応でもこの上ない劣等感・疎外感を感じてしまう。
 
もちろん、起業するには充電期間も準備期間も必要であるが、その社会から切り離されたような状況は、私の気持ちに思わぬところにまで影響を及ぼすことになる。
 
まず、人と会うのが苦痛になった。
私が退職して故郷に帰ってきたと知った叔父が「お寿司を用意するから食べにおいで。ビールもあるよ」と誘ってくれたが、丁重に断った。
会っても何の話をすればいいのだろう……。
せっかく誘ってくれたのに申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、この歳になって親戚と会って話すことと言えば、やはりほとんどが仕事に関するものになる。
 
学生時代の後輩の結婚式には迷ったあげくに出席した。
慕ってくれている後輩が招待してくれたのだ。断るわけにはいかない。
披露宴には同じ大学の同期生、後輩が多数出席していて、ここでもやはり話題はといえば仕事がらみの報告会という、当時の私にとって耐えがたい状況が続く……。
でも後輩にはカッコつけなくてはならないという謎のプライドが姿を現し、かなり無理をして未来のビジョンを偉そうに語り、「さすが先輩、すごいですねー」などと言われたときは、恥ずかしいやら情けないやらで、一刻も早くその場から逃げ出したい衝動にかられてしまった。
 
更に、服装や持ち物に興味がなくなった。
もともと私はカバンや小物、文房具が大好きで、気に入ったデザインや機能を備えたものを常に探し、理想の品に出会えたときは少々高いものでも無理をして手に入れていた。
ところが充電期間はそれらに対する興味も一切感じなくなった。
カバンだって、小物だって、文房具だって、もちろん自分が好きだと思ったものをそろえていたのだが、選ぶ際は少なからず「人の目」を意識していて、それがかなり重要なことだとその時に初めて気づく。
高級ブランド品なら「いいもの持ってますねー」「さすがですねー」とか、マニアックなものなら「前から気になってたんですが、これって何ですか?」「へえー、こんなのものよく見つけましたねー」などと言われたりすることが、ささやかな楽しみだったのだ。
 
おかげであまりお金を使わずにすむ状態が続いたが、知人と楽しく過ごしたり、人目を意識しながら好きなものを選んだり、着たい服を着ることが、実は生活に「ハリ」を与えてくれいたことにも気づいた。
 
このように憔悴しきっていた私の様子をいちばん近くから見守ってくれていたのが妻である。もともとくだらないことでよくケンカをすることもあったが、この時期だけは全くケンカになることはなかった。妻は私のことを非常に気遣ってくれていて、私は自分のことで精いっぱいで、必然的に夫婦がぶつかるような機会も全く生じなかったのである。
 
そして月日は流れ、起業準備が進むにしたがって、人と会う楽しみも取り戻してきた。
人と会うようになると、持ち物や服装に対する感心も甦る。
おかげで起業前で経済的に厳しいにも関わらず、出費が激増。
おまけに幸か不幸か夫婦ゲンカも復活。
 
しかし、支出が増えてもケンカが増えても、妻はこう言ってくれた。
以前のあなたに戻ってくれて本当に良かったと。
 
一時的にせよ社会とのつながりを失った期間は果てしなく辛いものであったが、人とのつながりは本当に大切だということを痛感。
 
本当に良い経験だったと今は思う。
 
もう二度と戻りたくないが。
 
 
 
 
***
 
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2023-08-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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