体感するということ ~見るだけで十分満足できてしまう、私を含めたみなさんへ~
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:桜井 祥子(2023年・年末集中コース)
「残り10秒……5秒……3、2、1…… 惜しいっっっ、クリア、ならずーーー!!!」
2023年12月27日。あとわずかで今年も終わる。テレビ番組も年末特番が増えてくる。
画面に映っているのは、TBSテレビの年末恒例番組、SASUKE(サスケ)。
イケメンたちが跳躍し、顔をゆがませ、奮闘している。
手のかけ方が違うだの、足の振りが甘いだの言いつつ眺めるのが、我が家の恒例行事だ。
テレビに集中する子どもたちの顔を見回す。
一番下が小学5年生。ずっと赤ちゃんだと思っていたけど、もうすっかり大きくなった。
実はそのことに気づいたのがほんのちょっと前、今年の9月で、
その時に、あ、私もそろそろ好きなことをやっても良いんだな、と思った。
だから、この秋は、ちょっと気になっていたことに挑戦してみたのだ。
「ゾン100(※)」である。
(※)「ゾン100」とは「ゾンビになるまでにやりたい100のこと」の略。今年の夏アニメ化されたので
ご存知の方もいると思うが、要は「死ぬまでに(棺桶に入るまでに)やりたい100のこと」だ。
ゾン100を始めるにあたって、ルールを決めた。
挑戦にかかるお金や時間は、気にしないこと。
100までいかなくても、家族が嫌がったらやめること。
100までいかなくても、2023年末で一旦終了すること。
ビビッときた服は即買いした。靴も鞄も買った。
茶道、書道、華道、やってみた。髪を赤くしてみた。プチ整形してみた。
滝に打たれに行こう。関西の友人に会いに行こう。一人でフレンチに行こう。残業、もうやめよう。
休日はもちろん、平日も慌ただしかった。
幸い家族は、この糸の切れた凧を放っておいてくれた。
ただ100までは、意外と遠い。
途中でネタ切れになって、他の人の100個をネットで検索した。周りにも聞いた。
みんなのリストに結構な割合で含まれていたのが、「バンジージャンプ」だった。
やりたいなんて、1ミリも思っていなかった。
が、ゾン100のうちの1つ「旧友と飲む」を実行中に、つい、
今バンジージャンプって流行ってるのかな、と口にしてしまった。
そしたら、実はやりたかったんだよね、やろうよ、という人たちが、集まってしまったのだった。
2023年11月12日、日曜日の朝9時。千葉県にあるマザー牧場の入場ゲート。
今年は冬になるのが遅かったのに、この日だけは朝から極寒、そして雨。
我々の目に映るのは、雨の牧場に点在する羊たち。毛布を着ていても寒そうだ。
いつもは並ぶらしいバンジージャンプも、貸切状態。
マザー牧場のバンジーは、21メートル。7階のビルくらいの高さだそうだ。
その界隈で有名な、茨城県は竜神大吊橋のバンジージャンプは100メートルなので、
こちらは初心者向け、らしい。
21メートル地点まで、一歩一歩、階段を登っていく。
鉄骨製の武骨な階段は、前後上下左右とも、嫌になるほど眺めが良い。
登り始めは軽快だったが、だんだん歩みがのろくなる。
そしてとうとう最後の一段。ゆっっっくりと踏みしめて、登りきる。
ついに踏切板に立つ。灰色の空。雨粒。眼下の白い点々は羊。寒いのに、汗。
「踏切板の先に足の爪先を出して、頭の後ろで手を組んで。そのまま前に倒れ込んでね」
係員のお兄さんは、こともなげに言う。
そして次の瞬間、びっくりするくらい大きな声で、陽気に、高らかに叫んだ。
「それではいきまーーーーす! 3、2、1、レッッッツバンジーーーー♪」
世の中には二種類の人がいます。
実際にそれを体感した人か、していない人か、です。
「はーい、ナイスバンジーでしたーーーー!」
お兄さんが遠くで叫んでいる。
私の手足はぶるぶると震えて、ここにいるぞ生きているぞと必死にアピールしていた。
「残り10秒……5秒……3、2、1…… ゴーーーーール! 成功! ついに成功だーー!!」
テレビの司会者の高らかなカウントダウンに、お兄さんの声が重なる。
こたつでおせんべいを齧る私に、あの時の感覚が蘇ってくる。
宙に投げ出された体。浮遊感。恐怖。混乱。空。大地。風。回る回る。高揚。
画面の向こうでは、歓声や悲鳴、家族や仲間からの惜しみない拍手、笑顔と涙。
ふとこんな気持ちがよぎった。
羨ましいな。
バンジージャンプを飛ぶように、
安全地帯から眺めていては分からないことが、あそこにはあるのだ。
頭の中で、空想がどんどん形になっていく。
彼らと肩を並べる。
励まし合う。
一緒に泣いて、笑っている。
一緒に感動している。
一緒に、感動、したいよ。
ゾン100リストに、新しい一行を追加した。
2023年中に終えられなくなってしまったが、仕方ない。
SASUKEの募集は、毎年夏ごろらしい。それまでに体を鍛えよう。
翌朝私は、ワクワクしながら、真新しいランニングシューズの紐をきゅっと締めた。
***
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