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パニックになった時にはスイッチを探せ


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記事:正月玲子(ライティング・ゼミ年末集中コース)
 
 
「このままだったら絶対病気になる!」
 
これまでの人生、一度も自分が潔癖症だと思ったことはなかった。
それどころか、ヨーロッパ旅行中にホテルの湿ったシーツでは寝れないという友人のぼやきを聞きながらしっかり睡眠を取ることが出来たし、中国本土からチベットへ鉄道旅行した時も2日間風呂に入らず過ごしても平気だった。
 
だから、どんな環境でも大丈夫だと勝手に自分の適応能力に自信があったのだが、生まれて初めてパニックを起こした。
 
ダライ・ラマ14世が住むことで有名なインド北部の都市ダラムシャーラーから、更に車で1時間程走った山奥の村。
 
空港でラゲージが出てこない。
空港に迎えに来るはずの車が来ず、1時間待たされる。
予約したはずの宿泊施設で部屋がない。
出されたご飯が不味い。
といったハプニングは、旅行のちょっとした醍醐味だ。
 
7月。初めてのインド北部。
現地に着いた翌朝、肌寒くて目が覚めた。
山間部での長期の滞在。念のために荷物に入れておいた長袖シャツと薄手のダウンジャケットを着て、部屋を出ると、美しい山々とコンクリートで出来たカラフルな色の壁がインドらしい家の風景が広がり、これから体験する未知の出来事を想像し心が昂る。
 
早速この山生活の為に買った登山靴を履きに履き替え、村を探索。
宿泊施設の周囲のとうもろこし畑を通り、民家や牛小屋、野菜や菓子を売っている個人商店が3件とレストランが2件、そしてこれから2ヶ月間インドの伝統的医学であるアーユルヴェーダとヨガセラピーを学ぶ学校を歩き回る。集落を一周してもざっと20分程の小さな村で、犬や牛が野放しにいる長閑な景色に「やっぱり、ここを選んでよかった」と心から思った。
 
現地に着いて3日目。
学校へ向かう道でいきなり大雨が降り出したが、登山靴はウォータープルーフ。道の至る所に落ちている牛のフンとそれを巻き込みながら流れる雨水が目に入りつつ、気持ちは今日から始まる新しい学びへの期待でいっぱいだった。
 
学校はコンクリートの手作り感がある建物に雨漏りする茅葺の屋根と多少の埃っぽさが気になるが、この時はまだインドだからと受け流すことができた。
 
2週間ほど経った頃、毎日短時間の降り続く大雨のせいで常に湿った状態の靴の匂いが気になり出した。日々の大雨と水溜まりと泥濘だらけの山道で、もはやウォータープルーフの登山靴も役割を成していなかったが、それでも道端のフンが気になり、生乾きの靴を履いていたので、足にも移る程の嫌な匂いが靴からしていた。
 
私は鼻が犬並みに効くので、多少の異臭でも敏感に察知し、匂いに対するダメージが大きいのだ。
「足も匂いがするような気がしてきた。そういえば、洋服も湿って、匂う気がしてきた!」
「でも、フンが混ざっているような水に足を浸すなんて出来ない!絶対病気になる!」
「こんな所もうイヤ!」と気づかないうちにこの2週間蓄積されていた不便さや衛生面の疑問が一気に爆発した。部屋から一歩も出たくない。食べ物の調達も、学校もどうでも良くなってきた。ただ部屋から出たくない。インド人の顔も見たくない。
こうなると色んなものがネガティブに見えてくる。
 
そんな私を見かねて、その土地に来て半年、インドに来て数年経っていた友人が声をかけてきてくれた。
 
私:匂いが気になって、何もかもが不潔に思える。もうここにはいられない!
友人:ここでは、ビーチサンダルか裸足が一番よ。すぐ乾くしね。
私:でも、牛のフンが気になるよ。
友人:そんな!牛のフンは、汚くないのよ。ここの牛は草しか食べていないしね。
オーガニックよ。
私:オーガニック……
 
牛のフンはオーガニックという友人の言葉が面白く、カチッと私の「何もかもが嫌だ」と思いっていた感情のスイッチがカチッと切り替わった。
 
次の日、ビーチサンダルに履き替えてみると、友人が言う通り、ビーチサンダルが快適だ!気になるフンが着いたかもしれない足は、学校や部屋の水道で洗えばいい!
今まで何にこだわっていたんだ!
 
それ以来、帰国の日までずっとビーチサンダルを履いていた。気分は裸足でも歩ける程だ。そう言えば、最初は匂いと同じ位気になっていた食べ物にたかるハエも、もう気にならない。
 
何が好転のスイッチになるか分からない。
あるきっかけで、カチッとこれまで見ていた景色と違うものに見える時がある。
 
「牛のフンは汚い」という思考が、「牛のフンはオーガニック」という友人の言葉のスイッチでカチッと変わり、世の中結構どうでも良いことが多いと思うようになった。私の問題は固まった思考で、靴の匂いではなかったのだ。これを機に随分と生きやすい人生になったと思う。
 
行き詰まった時こそ、自分から視点を切り替えるスイッチを探してみてはどうだろう?
 
 
 
 
***
 
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2024-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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