冷静と恐怖の間
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:春日未歩子(2023年・年末集中コース)
「ゴーッ……」
足元から、地響きがしている。
空気が静止していた洞の奥から、風が吹き込んでいる。
明らかに、何かが、変化した。
もしかして……
隊長がしていた、過去の事故。
あまり想像したくない状況が脳裏に浮かぶ。
私は、集団行動が苦手である。
ところが、その当時の職場は、勤務命令の職員旅行が、毎年2月にあった。
そこで、私はなるべく一緒にいる時間を減らそうと、現地集合をアリにしてもらうため、近くの岩場でクライミングをしてから宿に合流、という方法を編み出した。
大ボスは、体育会系なので、すんなりOKが出た。
しかし今年は、福島の常磐ハワイアンセンターが目的地とのこと。
冬の東北で、クライミングは難しい。
何か体育会系の言い訳ができないかと、BE-PALをぺらぺら見ていたら、あった!
「あぶくま洞 ガイドと入る8時間のケイビング体験」
場所は福島だし、穴だから、冬でも体験可能。
さっそく、企画している団体に申し込みをする。
運動経験の欄があったので、クライミングをやっていると記入した。
すぐに、返信が返ってきた。
その日は、開催日ではない、という。
ただ、別の日にやるので、ぜひ来ませんか? とお誘いのメッセージがきた。
職員旅行に重なっていないと、行く理由はないのだが、何かの縁だろうと行くことにした。
あぶくま洞に着くと、ヘルメットと、つなぎと、地下足袋という、土木工事のような出で立ちのおじさんが集まっていた。
その団体は、元大学の探検部OBが集まって、まだ最終地点まで行けていない穴を調査している、とのこと。
洞窟は行き止まりだけど、洞穴はまだ先がある、と、探検へのプライドを熱く説明された。
思っていたのと、次元が違う。軽い気持ちで来てしまったことに、後悔した。
「春日さんは、クライミングの経験があるから、期待しているよ!」
何を期待されているのかわからなかったが、実際に、穴に入ってみて、わかった。
穴は、暗くて狭い、だけではない。
下は深くて見えず、上は壁のように切り立っているところもあり、まるで、穴の中に渓谷がすっぽり入っているようだ。
しかも、水が流れていたり、泥が溜まっているので、なにしろ足が滑る。
ライトをあてても、どこまでも深く、底が見えない。ブラックホールのような足元の穴を見ていたら、
「落ちたら、助けられないから」
と横で、ぼそっと、言われた。
暗闇に落ちた自分を想像して、ゾッとする。
岩よりも、怖いじゃないか……
だけど、まだ見えていない出口を探す、という探検行為に、好奇心を刺激されて、つい、足を踏み入れてしまった。
この後、何も言わずとも隊員扱いとなって、調査や取材の手伝いに呼ばれるようになった。
そして今、岩手県の某所にある、洞穴に入っている。
雪が積もっていないと、入り口近くの穴に水が溜まってしまい、中に入れないため、調査は冬に行う。
穴は、2層に分かれており、隊員がペアになって、それぞれの層の地図を作るため、測量をしているところだ。
その最中に、聞きなれない、「ゴーッ」という、かすかな音がした。
ペアを組んでいる大学生に声をかける。
「何か、音がしない?」
「しますね……」
一緒に音のする方を見に行くと、さっきはただの乾いた溝だったところに、水らしきものが見える。
ヤバイ……
このまま水位が上がれば、下の層にいる自分たちは、溺れる。
私がうわずった声で、
「すぐに出よう!」
と、恐怖でパニック寸前になっているところを、
大学生は、「上の層にいる隊員にも、声をかけてきます」と冷静な声で返してきた。
その落ち着いた声の調子に、こちらも少し冷静さを取り戻す。
慌てて、ルートを間違えたり、けがをしたら、それだけで命取りになる。
気持ちは焦るものの、足元には意識を向けて、もと来たルートを引き返していく。
しかし、暗闇をいくら進んでも、上の層に上がる出口が見えてこない。
さっきより、「ゴーーッ!」という音が近くなってきている。
もう、足元まで水がきている。
急げ! いや、あわてるな! イヤイヤ、 急げ!
冷静さは、足元と、斜め頭上に置きながら、
だけど心臓は、恐怖におののいていて、今にも口から飛び出しそうだ。
あまりにも、下層からの脱出口にたどり着かないので、ルートを間違えたのではと思えてきた矢先に、ようやく、上にあがる場所が見えてきた。
階段のようになっている壁を、急いで上がる。
と同時に、
「ゴゴゴーーーーーーッッッ!!!」
水の塊が、背後から襲いかかってきた。
まるで、インディージョーンズのような画の中にいる自分を、斜め頭上の冷静な自分が見ていて、次にどう動くかを考えている。
両手を使って目の前の壁の出っ張りをつかみ、グイッと、体を引き上げると、
背後から迫ってきていた水が、遠のいた。
ギリギリ、逃れられた……
しかし、ホッとしてはいられない。
上の層にいても、水が上がってこないとは限らない。早く穴の外に出なければ。
さらに暗闇を進んでいくと、一筋の光が見えた!
歩けば歩くほど、光の道が、段々と太くなっていく。
そして、目の前に、明るい空間がいっきに広がった。
ハァァァァー、助かった……
全身から、力が抜けた。
外には、待機していた隊長がいた。何かあれば、すぐに消防へ連絡することになっている。
「隊長、水が入ってきて、あやうく溺れそうになりました……」
私は、今回の計画に無理がなかったのか、責めたい気持ちになっていた。
「例年より、今日は暖かいなーと思ってた。それで、雪解け水が入ってきたんだろう。
まぁ、大丈夫だと思ってたけど」
のんびりした口調で、そう言う。
オイオイ、大丈夫じゃないって。
しかも、飲み会の席で、隊長の現役時代の、急な大雨で溺死した他大学の探検部の話をしながら、計画が甘かったんじゃない、とか言っていたじゃないか。
まぁ、自然相手では、計画も大事だけど、臨機応変に対応できることが、さらに大事になる。
こういうことを友達に話すと、なんでわざわざ、危ないことするの?と聞かれるが、
別に、危険なことをしたい訳では無い。
人生にも、災害や病気や事故など、危機的な状況という、波が起きる。
その時に、ただ恐怖にかられて反応するのでは、波にまかれて沈んでしまう。
だから、斜め頭上に冷静な自分をつくり、波の上に浮かび上がってこれるようにしたいのだ。
消防隊や自衛隊の人が、危険な状況でも的確に動けるのは、日々、訓練しているから。
そう、私は、人生という現場の避難訓練をしたい。
心にショックなことがあった時に、冷静と恐怖の間を、臨機応変に動いて、脱出できるように。
***
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