メディアグランプリ

思い通りにならない日々が、思いもよらない人生になっていく


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:下村未來(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「もう! 死ぬまでにあと何回、月曜日を味わえばいいんだ!」
 
社会人2年目の夏。私は人生の長さに腹が立っていた。
 
月曜日から金曜日、忙しない毎日を乗り越えてやっと訪れるたった2日の休み。そしてまた訪れる月曜日。ハムスターが回し車をカラカラと回り続けるみたいな毎日だ。まだ私が23歳だなんて、そんなのおかしい。定年まであと40年以上とは、なんて恐ろしい事実なんだ。
 
こうやって一週間という全力疾走を何度も何度も繰り返したら、知らない間におばあさんになっているのだろうか。そんなのたまったもんじゃない。
 
23歳の私は、この忙しない日々が永遠に終わらないような気がして、とてつもない不安に襲われていた。
 
「お母さん、山梨に行こう!」
 
この状況を打破するには、母なる大自然に癒されるしかない。そこで、日本で一番高い山「富士山」を見に行くことにした。
 
実は生まれてこの方、私は富士山を見たことがない。新幹線で近くを通る時だって、いつも知らない間に目的地に着いていて、「やってしまった!」と思っていた。そもそも西日本に住んでいると、富士山を見る機会など、そうそう訪れないのだ。テレビや写真からも伝わる大きさ。存在の大きさ。私はそれを、この五感で味わいたいとずっと思い続けてきた。
 
「富士山が見たい」
 
その思いが、出不精な私を山梨まで連れ出す大きな原動力になっていた。事前に富士山を一望できるスポットや、山中湖・河口湖周辺の神社仏閣を調べ尽くし、その日を待ち望んでいた。
 
それから3カ月後の当日。レンタカーを借りて河口湖に向かう。道の途中、目の前が雲で覆われて、向こう側の景色が何も見えない。なんだか嫌な予感がした。しかし、もっと近くに行けば、きっと見えるだろう。そう信じて、アクセルを踏んだ。
 
まずは山中湖の近くにある「花の都公園」へ。事前に調べていた情報では、花畑の向こう側に富士山がそびえ立ち、富士山を見るには最適なスポットである。しかし嫌な予感は的中してしまったのである。
 
「ない。富士山が、どこにもない」
 
360度どこを見渡しても、目当ての富士山が見当たらない。どこを見渡しても、雲、雲、雲。なんの嫌がらせかと思うほど、見事に雲しかない。
 
「あのう、すみません。富士山はどのあたりですか?」
 
受付の女性におずおずと質問すると、その女性は慣れた様子でぐるりと後ろを向き、手のひらを空に向けた。
 
「あちらの方角です。今は麓しか見えませんが、夕方になると晴れますので、もう少し見えるかと思いますよ」
 
女性が示した方向には、富士山と思わしき山の裾が広がっている。今は9割が雲で覆われているが、きっと全て見えた時には圧巻だろう。
 
「本当ですか、ありがとうございます!」
 
午後は、北口本宮冨士浅間神社へ。この神社は富士登山口の入り口にもなっている。さすがに富士山が目の前にあるのだから、見えないわけがないだろう。胸を高鳴らせて神社へ向かった。
 
「どこや。富士山は、どこや」
 
周りを見渡せども雲だらけで、どこに富士山があるかさえも分からない。地図のアプリを開いて富士山の方角を見てみるが、姿すら見えなかった。とはいえ、あの女性が言うには、夕方には晴れてくるそうだ。地元の方が言うのなら間違いないだろう。
 
「そろそろ見えるかも!」
 
夕方を過ぎ、日が落ち始めた頃。ようやく晴れ間が見えてきて、再びぐるぐると回ってみる。しかし、あたりが暗くて何も見えやしない。
 
「今日はもう無理かあ」
 
仕方がないので、山梨県の名物「ほうとう」を食べて、気を紛らわせる。明日になったらもう少し見えるかもしれない。明日にかけよう。落ち込んでいる場合ではない。
 
翌日は朝一番で、見晴らしの良さそうなシッコゴ公園へ。昨日よりも晴れ間が見えているので、今日こそは見えるかもしれない。しかし、その期待はすぐに裏切られた。
 
「なんで。なんで山の上のほうにだけ、雲がかかってるんや」
 
分厚い雲が、あらゆる山の上半分を覆っている。地図を開いて富士山の方角を見渡すが、やはり裾の方しか見えない。もはやこれは「山」というより「草の生えた壁」である。
 
まだ諦めるには早い。もう少し高い場所に行けば、さすがに少しは見えるのではないか。微かな希望を胸に、パノラマロープウェイへ。行列を並んでケーブルカーに乗り、「河口湖天上山公園」へ向かう。しかしそこから見えたのは、やはり雲にまみれた富士山らしき山の「足元」だった。
 
なんなんだ、もう。山の足元ばかり見たって、富士山の大きさは分からないのに。そう怒りを感じつつ、母と「仕方がないね」と慰め合いながら下山する。
 
ああ。人生とは、こんなにも上手くいかないものか。「たまには気分転換を」と意気込んでここまできたのに、なぜこんなことになってしまうのか。山の上からでも見えないのなら、もうどこに行ったって同じことだ。今回は諦めるしかない。
 
あの不運つづきな旅行から、早くも4カ月。先日、後輩からとある噂を耳にした。
 
「知ってます? うちの会社の11階から、富士山が見えるらしいんですよ!」
 
私は耳を疑った。「おいおい、本当か」と内心思いながらも、微かな希望を抱き始めていた。そして後日。数カ月ぶりに11階に訪れた時に、その瞬間は訪れた。
 
会議室を開けると、正面の窓からは雲ひとつない東京の景色が一望できる。「いい景色だなあ」と呑気に景色を眺めている途中、ふと白い帽子をかぶった山に目が留まった。
 
そう、富士山である。
 
もはや地図アプリを開かなくともひと目で分かった。あれだけ遠くにあるのに、異質なオーラを放って私の目に映り込んできたあの山は、間違いなく富士山だ。
 
「さすが富士山。こんなに遠いところまでも、存在をアピールしてきやがる」
 
東京の白みがかった冬の空にポツンと現れた富士山に、私はすっかり心を奪われてしまった。それからというものの、私は「次のリベンジはいつが良いか」とスケジュールと天気予報を交互に眺め続けている。
 
これからの長いようで短い人生、「こんなはずじゃなかった!」と思う瞬間が、何度もあるだろう。次のリベンジだって、成功するかどうかは分からない。もしかすると、これからの人生、ずっと富士山に焦らされ続けるのかもしれない。
 
その度に私は「あと何回、こんな思いをしたらいいんだ!」と地団駄を踏むのだろう。生きているかぎり、現実から逃げたくなる瞬間は何度も訪れるし、どこへ逃げたって現実が現実であることには変わらない。
 
しかし、それでも良いのだ。
 
「こんなはずじゃなかった!」と言いたくなるような出来事の連続。
それがあってこそ、きっと人生は思いもよらぬ旨みを出していくのだから。
 
 
 
 
***
 
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2024-01-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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