メディアグランプリ

優しい嘘と裏切り


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記事:馬場さゆり(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
私が20年以上前に、看護師として外科病棟に働いていた頃の話です。私は外科病棟に勤務して3年ほどが経過していました。業務にも慣れ、充実した毎日を送っていました。
 
その頃の外科病棟は、手術をされる患者さんが7割で、それ以外は、がんの終末期や交通事故などの患者さんがほとんどでした。手術をされる患者さんも、がんの方が8割程度で、外科病棟の中で、がんの患者さんは珍しくない病気でした。
 
ある日、入院患者として60歳代後半の男性(Aさん)が検査目的で入院してきました。入院時、Aさんを見て、どこかで見たような気がするなと思ったのですが、名前を見てわかりました。私の学生時代の先生でした。
でもAさんは私が挨拶しても、元生徒とは気が付いていないようでした。
 
私はそれからAさんの受け持ち看護師となり、かかわるようになりました。
 
1週間ほどして、Aさんの検査結果がでました。診断は、末期のがんでした。私はすごく驚きました。Aさんは、昔と変わらない様子で、元気そうだったので。
 
私は受け持ち看護師として、家族と医師との面談の場面に立ち会いました。医師からの病状説明後、告知に関しての質問があり、家族から「本人は気が弱いので、告知をしないでほしい」と言われました。私は家族の語るAさんが以外でした。私の知るAさんは堂々として、さっぱりした方だったので、家族の前で見せる姿は違うかと思いました。
 
今でこそ、がんの告知はポピュラーなものになっていますが、今から20年以上前は、本人への病名告知は、多くはありませんでした。本人の病気にも関わらず、家族が先に病状説明を受け、家族が意思決定をするということが一般的でした。最近では、有名人の方の病名の公表でがんとともに戦う、または共存していくという考え方が広まっていますが、そうなるまでは医療の現場でも、がんの病名告知はタブーとされていました。
 
家族は病状を知っていて、肝心の本人が知らないなんて変な話です。残された時間でしたいこともあるだろうし、いろいろと伝えたいこともあるでしょう。それができないなんて。
 
Aさんには、がんの末期ということを告げずに、がんの苦しみをとるという対症療法の治療が実施されました。痛みがでたら、痛み止めを使用する。むかつきが出たら、むかつき止めをするというように。
 
1ヶ月もすると、全身状態が悪化し、自力でトイレへ行けない状態になりました。そのため、ベッドの横に簡易トイレを設置しました。
 
私が勤務をしていた夕方、Aさんはベッドに座って本を読んでおられました。私は隣で簡易トイレの洗浄をしようと準備をしていました。
その時、Aさんから話しかけられました。
「馬場さん、あんたのことを信頼しているから聞くんやけど。僕の病気はなんなの?」
 
私は突然のことにびっくりして、なんて答えたらいいんだろうと考えました。家族からは、絶対に告知はしないでくれと頼まれています。
私はAさんの方を見て言いました。
「先生からは、どういう説明を聞いていますか?」
 
Aさんは、私から目をそらしながら答えました。
「病気は悪いものではない。今が一番つらい時で、これから回復するから頑張ろうって言われました。でも、自分ではそんなふうに思えない。だんだん悪くなっている気がする。だから一番信頼している馬場さんに聞いているんだよ。あんたの言うことなら信じる」と最後は私の目を見て言われました。
 
私はAさんのまっすぐな目を見ることができず、壁を見ながら答えました。
「先生の説明の通りです。今が一番つらい時なので、一緒に頑張りましょう」
 
Aさんは、しばらく黙っておられましたが、その後「わかった」と言われました。
 
私はその後、慌ててスタッフステーションへ戻り、先輩看護師に、どうして告知したらだめなんでしょう。もうわかってらっしゃるのにと話しました。先輩看護師からは、家族の意向だからつらいけれど、このまま支えていこうと言われました。
 
それから1週間ほどしてAさんは、何も言わずに旅立たれました。
Aさんが旅立たれた後、Aさんの家族から感謝の言葉をいただきました。そして、病名告知をしないで良かったとも言われました。
 
私は心の中であの時のAさんの言葉を思い出し、告知をしなくて本当に良かったのだろうか。私は、家族の感謝に答えるような看護ができたのだろうかと思いました。
 
あの時、私はご家族の望む優しい嘘をAさんに伝えました。とてもAさんのまっすぐな目を見て答えることはできませんでした。一番信頼していると言ってくださったのに、Aさんの人生の中でもっとも大切な情報を伝えることができませんでした。私は嘘を言って、Aさんの信頼を裏切りました。
 
Aさんの最後の「わかった」は何をわかったと言われたのでしょうか?
今でも答えは見つかりません。
 
もしあの世があるなら、私は一番にAさんに、嘘を言って信頼を裏切ったことを謝罪したいと思っています。そして、こんな嘘つきな私を一番信頼すると言ってくださったことに感謝を伝えたいと思っています。
 
 
 
 
***
 
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2024-02-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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