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ツンデレ凶暴チワワとの戦いの日々


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:下村未來(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
「ワフッ……ヴ〜〜〜ワフン……ワン! ヴ〜〜〜〜ワン! ワンワンワン! ワンワンワンワンワン!」
 
大学時代、久しぶりに授業もアルバイトもなく、穏やかな眠りについていたある日。甲高い声が耳元でサイレンのように響いて、強制的に起こされてしまった。目の前には、黒々とした目をいつもよりギョロっとさせたチワワが、ふさふさの尻尾を千切れんばかりに振っている。スマートフォンの電源を付けると、時刻は午前5時前。あたりは真っ暗で、鳥の鳴き声さえしない。
 
「も〜、いい加減にしてよ。まだ朝ごはんの時間じゃないってば」
 
最近、こんな早朝からエサが欲しいと吠えまくるようになり、困っているのだ。とりあえず布団を頭の上まで被って二度寝を試みる。しかしチワワは「へっへっへっへっ」と言いながら敷布団の周りを歩き回り、あらゆる方向から吠え続ける。
 
ダメだ。チワワの旺盛な食欲と甲高い声には勝てない。私は大きくため息をつきながら重たい体を起こし、いつものようにドッグフードを皿に与える。チワワは「よっしゃ〜! ありがとな〜!」と言わんばかりに私の足元をちょろちょろと走り回った後、うれしそうにドッグフードをわっしわっしと食べ始めた。
 
「お前は本当にもう……」
 
私はそんな姿に呆れながら、もう一度目を瞑った。
 
私とあの子との出会いは、今から15年以上前のこと。ニックネームは「がっちゃん」。出会った頃はまだ生後1カ月も経っておらず、だっこをすると両手に収まるくらいの小ささだった。まるで地球上の全てのものに怯えているかのように、こわばった顔をしていた。当時小学2年生だった私は、そんな姿をにんまりと見つめながら「きっとこれから、とてつもなく楽しいことが起きるぞ」とドキドキしていた。
 
しかし半年も経つと、ツンデレ凶暴チワワに大変身。出会った頃の弱々しい姿は消え失せ、手乗りサイズだった小さな体は、両腕でやっと抱えられるほどの大きさに。威厳も増し、いつしか我が家の王様のような存在になった。
 
「ガルルルルルルル……ギャン!」
 
頭を撫でようとしただけで怒られる。許可もなく抱っこなんてした日には「ガブリ」と噛みつかれること間違いなし。そのため、友人や親戚をいつも怖がらせていた。私だってこれまで、何度噛み付かれたことか分からない。しかし私は、そんなふうに人から怖がられ、距離を置かれてしまうあの子の姿をどこか愛おしく感じた。
 
なぜならあの子は、小さい頃の私と少し似ていたのである。幼少期の私は、無意識に周りの人間のことを睨みつけてしまう、愛想のカケラもない子どもだった。気に入らないことがあればすぐに癇癪を起こし、フォークを武器に戦おうとして周りを困らせた。鋭い目つきや口調で、同級生から「怖い」と言われた記憶も山ほどある。
 
そんなあの子は、血でもつながっているのかと思うほど私と似ていた。そんな不思議な共通点を持った存在ができ、喧嘩も絶えなかったが、同時に私の人生に新しい幸せが舞い込んだ。
 
窓の近くに寝転んで日向ぼっこをするのが好きで、網戸から優しい風が吹いてくると、耳をぺたんと倒して幸せそうにしている姿。ピアノを弾き始めると、私の足元やピアノの下に寝転んで唯一の観客になってくれること。激しいクラッシック曲を弾いてあげると、「ワオーーーン」と素敵な遠吠えで参加してくれること。私が忙しくしている時に限って「かけっこがしたい!」「ロープを投げてくれ!」とアピールをしてくること。そんな時間が少しずつ、自分にとってなくてはならないものに変わっていった。
 
あの子に出会って13年近くが経った。私はいつの間にか大人になり、実家を離れて一人暮らしを始めた。甲高い鳴き声に起こされることもなければ、トイレ掃除も散歩の用事もなくなった。あらゆるルーティンがなくなって、少しだけ自由になり、同時に孤独にもなった。そして待ち望んだ夏季休暇、半年ぶりに実家に帰ることにした。久しぶりにあの子に会えると思うと、たまらなくワクワクした。
 
ついに再会の日が訪れた。私はリビングにいる家族に顔をみせた後、すぐに2階にいるあの子に挨拶しようと階段を駆け上った。
 
「がっちゃん!」
 
しかし、期待していたお迎えはない。部屋を見渡すと、少しほっそりした背中が、丸くなってケージの中で静かに眠っている。あとから様子を見にきた母が「あの子、もうお爺さんなんよ」と話す。どうやら目もほとんど見えていないらしい。トイレも自分でできないので、オムツをつけてもらっているそうだ。
 
私は言葉に詰まってしまった。こんなに老いって急に来るものだっけ。暗い気持ちにならないように、いつも通りに声をかける。
 
「帰ってきたよ、遊ぼう!」
 
しかし、痩せ細った体は静寂の中で眠り続けている。以前、旅行で2〜3日家を空けて家に帰った時、飛び回りながら喜んでくれたことがあったなあ。あんな姿も今となっては懐かしい。
 
あまりに反応がないので心配になって優しく頭を撫でると、ふらつきながらも起き上がってくれた。四本足で地面をぎゅっと掴んだまま、俯いて立ちすくんでいる。私は自分の寂しさを紛らわせるように、たくさん話しかけた。
 
「やっと起きた? 久しぶり、元気? いや、まあ元気ではないか。ごめんごめん。聞いてよ私、今日は朝から大変でさあ。アラームは鳴らないし、電車は遅延してるし。おかげで新幹線乗り場まで猛ダッシュして……」
 
一方的に話しかけていたら、徐々に尻尾がゆらゆらと動き出した。右往左往しながら私のもとへ近寄ってくる。その反応の鈍さもひっくるめて、どうしようもなくかわいくて、いたたまれない。それから3日間、時間さえあればあの子の顔を見にいった。かけっこも散歩もロープ遊びもできないけれど、私がピアノを弾けば近寄って観客になってくれた。
 
「最後にお別れしてこよう」
 
帰りの新幹線まであと2時間。階段を登って様子を見に行くと、黒くて丸い物体がすやすや眠っている。これで会えるのは最後になることだってあり得るのかと思うと、不思議な感覚だ。
 
「じゃあね。またね。なるべくすぐ帰るからね。がっちゃん」
 
人間にとって別れはごく当たり前のことなのに、私はいつまでも自分の人生にこの子がいてくれるような気がしていた。自分が発した「またね」という言葉が、回り回って自分の胸に刺さる。何もかも未熟だった私は、知らないうちに大人になり、あの子がいなくても生きていけるようになっていた。
 
あの頃の元気な姿は、きっともう見られないだろう。しかし脳裏には、これまでの思い出が全て昨日のことのように焼きついている。家に帰れば、いつでものんびりと生きるあの子がいることが、今までどれだけ支えになっていただろうか。
 
帰りの新幹線で私は、ひたすら眠り続けるあの子の夢の中が、せめて楽しい思い出で溢れることを願った。
 
 
 
 
***
 
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2024-02-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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