階段を上れない娘が、私を本当の母にしてくれた話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:淋代朋美(ライティング・ゼミ2月コース)
「娘さん、階段上れますか?」
それは、娘が1歳6ヶ月頃のこと。お世話になっている子育ての先生からの質問でした。
心臓がひとつ、ドクンと音を立てました。
その言葉の裏には「上れませんよね?」という意味が含まれていることが、明らかでしたから……。
ここでまずお話ししておきたいのは、私たち家族は子育てをプロに伴走してもらっているということです。欧米諸国では「ナニー」という職業や、保護者以外が子供の世話や教育を担当するという考え方が珍しくありませんが、日本ではまだあまり一般的ではないかもしれません。
しかし、私は、出産するより前から、「子育てに伴走者は必要」という考えがありました。
そう考えるに至ったのは、私自身が心理カウンセリングの勉強をしていたことがきっかけです。その時共に学んだ仲間であり、子育てを経験済みの人生の先輩たちから、「心理学を子育ての前に知っていたら……」この言葉を何度も聞かされのです。「知識が子供たちの未来を救う」それがその時、私が思っていたことです。
当時、私はまだ結婚したばかりで、子供が生まれる予定は全くなかったのですが、子を産み育てる未来があることだけは信じて疑わなかったため、その時のためにと子育てに関わる本をいくつも読み漁りました。
まさかそこから約5年間も不妊期間を経るとは想像もしていなかったので、読んだ本の数だけ無駄に増え……。知識だけパンパンの飽和状態。
その結果、「わかるとできるは違う!」と、私は華麗に匙を投げました。「うん、プロに任せよう!」
そして、子育てのリズムに慣れ始めた頃から現在に至るまで、子育ての先生にオンラインで面談をしていただき、娘の成長を共に見守っていただいています。
話を元に戻しますと、その先生から「歩行中の動画を送って欲しい」と依頼があり、それを見ていただいた時に聞かれたのが、冒頭の質問です。
見る人が見れば、歩いている姿だけでわかるようです。その子が階段を上れるかどうかが。
先生が疑問に思われた通り、娘はその当時、階段を上れませんでした。
近所の公園に、娘のお気に入りの滑り台があるのですが、それも自分で上れません。前まで歩いて行き、後ろを振り向いて「抱っこ!」と両手を挙げるのが日常です。
抱き抱えて上らせ、滑り降り、その繰り返し。
何事にも慎重なタイプの娘なので、初めてのことに取り掛かる時はいつも時間がかかります。階段に関しても、「まだ様子見段階」と捉えていました。
しかし、先生から言われたのは、「階段を上るための体の機能が育っていない」とのことでした。
そこからは猛特訓!
先生の指導に基づき、自宅をトレーニングジムに改造! と言ったら大袈裟ですが、廊下に突っ張り棒を5本ほどハードルのように設置して、強制的にトレーニングできるようにしました。最初は床に置いているだけの突っ張り棒、徐々に高さを上げて、最終的には、下から15センチほどの高さになりました。
もちろん、親も共に、何度も乗り越えました。突っかかりながら!
そうやって、何度も何度も乗り越えるうち、だんだん娘の体の機能が上がっていくのが、素人の私にも手に取るようにわかりました。
そして、ついに、あの滑り台に挑戦する日が来たのです。娘のお気に入りの滑り台。これまで一度も自分で上れなかった、あの滑り台。
その日は、早朝、まだ子供たちが集まらない時間を選んで、娘と公園に行きました。
すでに、階段1、2段であれば上れるようになっていることはわかっていましたが、それ以上は足が止まってしまうのが現状でした。
「今日は、何があっても絶対に上り切れるようにサポートする!」
その日、私は、そう覚悟を決めていました。
おそらく、娘も、母の覚悟をなんとなくわかっていたのではないかと思います。
いつもであれば、1、2段上ったところで後ろを振り向き「抱っこ!」と言うところですが……。娘はその日、絶対に振り返らなかったのです。
ギャンギャン泣きながらも……。
次の一歩が出なくて、立ち止まり、また泣き。「助けて」「抱っこして」と心の声がいっぱい聞こえてくるのに、絶対に振り返らず、ただ、目の前の階段に対峙して。
そして、ついに、上りきったのです。永遠かと思うような時間はかかりましたが、ひとりの力でやり切りました。
私にできたことと言えば、覚悟を決めたことと、「大丈夫! できるよ!」と背中から声をかけ続けたことだけ。
その後、滑り降りる時の満面の笑みは、一生忘れることはできません。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔。なのに、輝かしくて。それを見ているだけで、涙が止まりませんでした。
「良かったね。自分で上れたね。自分で上ったら、楽しかったね。嬉しかったね」
娘を抱きしめて、わんわん泣きました。
誰もいない時間で良かった、と、心の中ではホッとしながら……。
ここまで読んでいただいて、お気づきだとは思いますが……。
これ、ただ、階段上れなかった子が上れるようになった、だけの話です。
そう、本当にただそれだけ。
それでも、このできごとは、私たちにとって、なければいけなかったことだと思っています。
1歳6ヶ月にもなると、何も教えなくても、もちろんこんなトレーニングなどしなくても、階段を上れる子がほとんどだと思います。
公園で、娘よりも明らかに小さくてよちよち歩きの子が、平然と階段を上る様子を見て、「なんで娘だけが」と心が折れそうになったことも何度もあります。
こんなことで悩まなくて済むなら、その方が断然良いと思います。
先生から指摘を受けなければ、「そのうちできるようになる」と気楽に過ごして、こんなに悩んだり、泣いたり、ましてや自宅を不自由に改造などしなくて済んだかもしれません。
でも、すべて、私たちには必要だった。
娘と共に乗り越えようと決めたこと、覚悟をしたこと、娘の力を信じたことで、親子の絆が深まり、私は本当の母になれた、そう思うからです。
私たちに乗り越える力があると信じ、本当のことを、そして乗り越え方を教えてくれた先生には感謝の気持ちしかありません。
この経験のおかげで、私たちは、この先どんなことがあっても、泣いたり笑ったりしながら、乗り越えていくことができるのだと、そう思っています。
***
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