ただの一ファンである私が、売り上げ爆上がりに貢献してしまったわけ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:淋代朋美(ライティング・ゼミ2月コース)
運命の出会いをしてしまった。
週に一度でも会えることが幸せ、そう思っていたはずなのに。今は、その幸せを瞬間冷凍させて、週に何度も溶かしたくなるほどに、想いは燃え上がっている……。
毎週土曜日の午前中、近所に軽快な音楽が鳴り響く。移動販売車のパン屋がやってきたことを知らせる音楽だ。
いつもの場所に車が停まり、開店準備が始まると、すでに側でそれを待つ人がいる。そのパン屋は、約1時間の滞在時間、絶え間なくお客が並び続ける人気店なのだ。
和食派の我が家は、日常的に好んでパンを食べることはあまりなかった。しかし、週に一度しか買えないという希少さがそうさせるのか、なぜかほぼ毎週並んでしまう。今ではすっかり土曜日のランチはパンが定番になってしまった。
販売のイケメンスタッフさんがいつも爽やかな笑顔で迎えてくれるのも、そのパン屋の魅力のひとつだろう。
いや、正直、マスクをしていて本当に口元まで笑っているのかどうかはわからないのだが(そして、本当にイケメンなのかどうかも!)、「絶対満面の笑み!」と言い切れるくらいに、人の良さが溢れでているのだ。
あのマスクの下の口元が笑っていなければ、人間不信に陥りそうだ。
そう、運命の出会いとは、そのイケメンスタッフさん!
……ではなく、そこで売られているパン! との出会いのことなのだ。
白いまん丸がふたつ繋がって、雪だるまのようなかたちをしたふわふわパン。
見た目は本当に、ごくごくシンプル。
トマトやほうれん草など、色とりどりの野菜ののった鮮やかな惣菜パンや、ナッツの香ばしさや蜂蜜の甘さがただよって来るかのような菓子パンが並ぶ中で、ひときわ、地味!
堂々真ん中付近に鎮座しているにも関わらず、そんな地味なパンには誰も手を伸ばさないのか、棚はいつも欠けることなく満杯だった。
でも、私は知っていた。
こういうシンプル! かつ、地味! なパンほど、美味しいものは美味しい。
そして、そうでなければ、見た目だけでなく味も地味。
つまり、両極端の二択であるということを。
私は、チャレンジのつもりで、そのシンプルなパンをひとつだけ、買ってみることにした。チャレンジするにはちょうど良い、税込130円という、値段も地味なパンだった。
帰って早速ランチの支度。
ふわふわの雪だるまパンは、ちょうど簡単に二等分に手で割れるようになっていたので、夫とシェアした。
実食。
なんだこれ。
ふわふわの真っ白なパンを口に運び、噛み切るために口をぎゅっと閉じると、程よい塩味が口の中に広がった。次の瞬間。その生地の奥底から、じゅわぁ〜〜〜〜〜〜〜っと染み出すバターの味。
お……美味しい……。
一口目のその感動に酔いしれて、しばらく次の咀嚼を忘れていた。
ふと、目の前の夫の顔を見ると、鏡を見ているのかと錯覚するほどに、同じ感触を味わう顔がそこにあった。
「美味しいね……」それ以上の言葉が出ず、二人でただその感覚に浸った。
ふわふわのパンの周りには小麦粉があしらわれていて、食べると、口の周りやテーブルが真っ白になるのだが、それがまた、美味しさの足跡を残しているようだった。
失敗した。
ひとつだけでなく、もっと買っておけば良かった。
次の週から、このふわふわ雪だるまパンを買い占めた。
いつも満杯状態だった陳列棚は、私が通った後に空白ができる。
一度にそんなに食べられないでしょ? とお思いかもしれないが、なんと! このパンは冷凍もできるのだ。
食べる時には、冷凍パンをそのままトースターで5分ほど焼き、取り出さずにさらに数分そのまま寝かせる。すると、外はカリッ中はじゅわ、な食感が出来上がり、焼きたてで食べるのとではまた別な味わいになる。
週末に買い占め、家族で味わった後、平日にトーストしてひとりランチ時に手軽に食べられるのも、魅力なのである。
ある時、いつものように私はそのパン屋でふわふわ雪だるまパンを8個ほど買い占めようとした。すると、イケメンスタッフさんはこう言った。
「もしかして、宣伝してくれてます?」
なんと、ここ最近、この地域限定で、このパンの売り上げが爆上がりしていて、仕入れを増やしているのだとか!
実は、私が直接このパンをお勧めしたのは、たったひとりにだけ。
このパン屋の行列に並んでいた時、たまたま真後ろに顔見知りが並んだことがあった。私が大量に同じパンを買うものだから、「それ何?」と聞かれたのだ。
彼女もこのパン屋の常連客だったのにも関わらず「それ何?」と聞くほど視界に入っていなかったことに、このパンの地味さを証明された気になったのだが。
「これ美味しいよ! 残ったら冷凍できるし! 食べてみて」と言ったら、その後、彼女やそのご家族も、すっかりこのパンの虜らしい。
イケメンスタッフさんに、
「いやぁ、勧めたのはたったひとりにだけなんですけどね」とお伝えしたものの、そのスタッフさんも、私の仕業と確信しているようだった。
そりゃそうだ。他の手の込んだ彩り深いパンには目もくれず、この地味なパンだけを大量に買い占める人がいたら、後ろに並んだ人は「それ何?」と試してみたくもなるだろう。
何かを人に勧める時に必要なのは、メリットを並び立てることよりも、「好き」を行動で見せるその背中なのかもしれない、と思ったできごとである。
毎週、たった1時間しか営業していないパン屋なので、当然ながら行けない日もある。
私が買わなければ、あのパンは売れ残ってしまう? と勝手に心配していたこともあったけど、とりあえずこの地域では、私が買わなくとも安定的な売り上げを上げるほどの人気を確立したようで、心配は無用なのだそう。
良かった。
***
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