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右も左もわからない私の苦悩


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記事:カキウチ サチコ(ライティング・ゼミ2月コース)
 
 
「左右盲」みなさんはこの言葉をご存知だろうか?
 
正式な病名や学術用語ではないが、数年前からネットで話題になっている。最近では有名アーティストの曲名にも採用されているので、徐々に市民権を得ているのかもしれない。
 
「左右盲」を端的に説明すると、右と左がとっさに判断できない状態のことだ。「右」「左」という単語や概念は理解できている。しかし、「右」や「左」がどちらの方向を示しているのか、頭の中で即座につながらない。
 
みなさんの身近にも「右を見て」と声を掛けたのに左を見てしまう人、「あっち、こっち」と指差しで道順を説明する人はいないだろうか。かくいう私も、まさに左右盲である。左右盲とはどんな感覚なのか、当事者として紹介してみたい。
 
たとえば、上からボールが飛んできたとする。「上、危ないよ!」と声がかかると、あなたは何も考えず即座に頭をかばうだろう。左右盲の人も同様で、「上」と言われて足元をかばう人はいない。これが言葉と方向が合致していて、とっさに判断できている状態。
 
左右盲は習得したての外国語に似ている。唐突だが、アラビア語で「右」はヤミーン、「左」はヤサールと学んだとしよう。右からボールが飛んできたので、「ヤミーン、危ないよ!」と声が掛けられる。あなたはすぐ右側をかばえるだろうか。おそらく、「ヤミーンは右と習った、そうか、右が危ない」と、頭の中で反芻してから身体を動かそうとするはずだ。その頃にはもう、ボールはあなたの右腕を直撃している。
 
同じ状況が毎度、左右盲の人には起きている。言葉と方向を紐づける脳内処理に時間がかかるのだ。たとえ日本語で「右、危ないよ!」と声を掛けられても、「右はどっち? 箸を持つ方なので……あ、こっちだ」と考えているうちに、ボールは右腕を直撃するハメになる。なぜ上下はとっさに理解できるのに、左右だけが理解できないのか。幼少期からの謎だ。
 
「右が危ないと言ったのに、左をかばった」のような状況はなぜ発生するのか。私の場合はいちいち左右を考えるのが億劫で、一か八かで左右どちらかに賭けて動いてしまうからだ。「今回は失敗しても大丈夫な状況だ」と、なぜかとっさに判断している。それが判断できるのなら、左右も判断できてくれよ、と自分自身につっこみたくなる。そして見事に間違え、私は人に笑われる。
 
少しは左右盲の感覚をおわかりいただけただろうか。ではなぜ、左右盲になる人がいるのだろう。この疑問に関しては詳しい研究が進んでおらず、現時点で明確な回答はない。有力なのは、幼少期に利き手を矯正された影響が、左右盲を産み出しているかもしれないという説だ。
 
私にも心当たりがある。私は生まれつき左利きだった。両親は「左利きは苦労するし、体裁のよくないもの」と考えていたので、私の「書く手」と「食べる手」だけは幼少期から右利きに直して育てられた。今の私は「書く」「食べる」際に右手しか使えない。一方で、ハサミを使う、ボールを投げる、とっさに手を差し出すときは左利きのままだ。利き手がどちらかに定まっていない影響で、「左右」の概念を脳がインプットしきれなかったのかもしれない。
 
用途によって利き手が違う状態を「交差利き(クロスドミナンス)」というらしい。人からは「なんかカッコいい」と、羨望の眼差しを向けられる。しかし、この個性によって、実生活で得した経験なんてほとんどない。
 
交差利きの数少ないメリットを紹介しよう。右手で筆記しながら左手で消しゴムを使える。あとは、彫刻刀を左右両手で扱えるので、図工の時間に人より早く版画を彫り終えられた。以上だ。極めて限定的な能力である。この程度の特典で、左右盲の困難とのトレードはあまりに割があわない。
 
「左右がわからない」と伝えると「ウソでしょ、もう小学生だよ(大人になってからは『もう大人だよ』)」と反応されることがよくある。ネガティブな反応を浴びて育った私には、左右盲は大きなコンプレックスだった。
 
幼少期は、左右盲がバレないように細心の注意を払っていた。私の右の膝小僧には怪我をした痕がある。視力検査、運動会の練習、誰かに道順を説明するとき。左右を問われる前にそっと膝の傷痕を触って、右側がどちらなのかを意識にのぼらせておく。子ども時代の陰の努力を思い出すと、心がキュッとする。
 
大人になってからは、車の運転が最大の難関だ。助手席に人を乗せる状況が最も緊張する。車を動かす前に「運転席側が右」と自分に言い聞かせ、ときには子どもの頃のように右膝の傷痕を触り、「右」を頭の片隅で意識する。
 
「次の信号を右だよ」「左から車が出てくるよ」などと助手席の人に教えられた場合、即座に対応できるようにしておくのだ。会話に没頭しすぎると「左右」に対する意識が頭から離れていくので、案外難しい。神経をすり減らしながら運転しているので、私の寿命は数年縮んでいるはずだ。
 
私をよく知っている友人と車に乗る際は、指差しで左右を指示してもらうので快適だ。左右盲でない人たちは、いつもこれほど楽に運転しているのか。少しうらやましい。
 
「左右盲」という言葉をはじめてネットで見かけたとき、私は救われた気がした。私だけじゃなかったんだ。言葉が作られるほど、同じ困難を抱える人が存在しているのだ。実際、人口の10〜15%が左右盲ではないかという報告もあるらしい。なんだ、右も左もわからない人間は身近にきっといる。みんな表に出さず、苦労しながら生活しているんだな。
 
少し話は逸れるが、最近のトレンドに「繊細さん」という言葉がある。ひといちばい感受性が強く、疲れやすかったりストレスを感じやすかったりする人の総称だ。私は「大雑把さん」なので、彼ら彼女らの気持ちが詳細にはわからない。しかし、「繊細さん」という概念に対して想像力が働くようになった。知っていれば配慮ができる。「繊細さん」が定義づけられたことにより、生きやすくなった人はいるはずだ。
 
「左右盲」に対しても同じ想いだ。世の中に左利きと同じくらいいるかもしれない左右盲への理解が進んで、世界が少しだけ優しく変わってくれると嬉しい。
 
 
 
 
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2024-03-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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