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数十回目の火事騒動から始まった「やる」を選ぶ人生


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:下村未來(ライティング・ゼミ12月コース)
 
 
私が住んでいるマンションでは、たびたび火事騒動が起きる。
 
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
 
「んーもう、うるさいなあ。何の音?」
 
最初の火事騒動は、今から約一年半前のある日。耳がかち割れそうなほどの大音量で、マンション中にベルが鳴り響いた。私は「一体これは何事だ」と思いながら、とりあえず布団を頭の上までかぶり、騒音に眉をひそめる。
 
目をつむったまま3分ほどが経つ。しかし、鼓膜を刺激するベルの音は静まる気配もない。のっそりと起き上がるうちに頭が冴えてきて、私はハッとした。
 
「これって、火事の警報音か……!?」
 
そして、さまざまな懸念が頭の中を駆け巡った。本当に火事なのか。火事だったらどうしよう。何を持って逃げよう。通帳は絶対に持って逃げなければ。そもそも寝起き5秒の状態で外に出るなんて。よりにもよって今日は、全身ピンク色のスウェット姿。ああ、最悪だ。
 
そんなことを考えているうちに私は少しずつ冷静さを取り戻し、あることに気が付いた。火事にしては、近隣住民の叫び声がしない。それに、ドタバタと逃げる音も聞こえてこない。
 
そっと玄関の扉を開けると、外にいるのはパリッとした白シャツを着た30代くらいの男性だけである。見ていると、大通りを歩く人たちも、怪訝そうにしながら通り過ぎていく。
 
これはどうやら誤報らしい。白シャツの男性は、どうやら119番通報をしてくれているようだ。
 
「ああ、不幸中の幸いだ。しかし、世の中には優しい人がいるんだなあ。よし、じゃあこのままお任せしよう」
 
私はベッドに戻り、鳴り止まない警報音からできるだけ意識を逸らそうと、布団をもう一度頭の上までかぶった。
 
私は、何かにつけて難癖をつけて「やらない理由」を探すのが得意だ。たとえば、前を歩いている人のリュックのチャックが開いているとき。「誰かこの荷物を運ぶの、手伝ってくれない?」と呼びかけられた時。そういった、“やるかやらないか、自分で判断しなければならない場面”が訪れたとき、「やらない」を選ぶために理由を探そうとする人間だ。
 
だからこの日も、「あの人がやってくれてるから、私がいても仕方ない」とか「大体こんな状態で外には出られない」とか、難癖をつけて「やらない」を選ぶ自分を納得させていた。
 
それから1週間後のこと。
 
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
 
「あ〜、また? もういいって」
 
再び誤報が起きてしまった。一応、外を確認してみるが、やはり騒いでいる様子はない。そして今日も白シャツの男性は119 番通報をしてくれているようだ。私は心の中でお兄さんにお辞儀をしながら部屋に戻り、呑気にお菓子をばりぼり頬張った。
 
「だって私がやらなくても、あの人がやってくれるし。ありがたくお任せしよう」
 
それから何度も私のマンションで誤報が繰り返されるようになった。ひどい時は一週間に一度、誤報することもあった。私はベルが鳴るたびに呆れた気持ちになり、外を確認することすら無くなった。
 
「まあ、あのお兄さんがなんとかしてくれるだろう」
 
どれだけベルが鳴り続けても、ひたすら「誰かがどうにかしてくれる」ことを信じた。そしてしばらくすると、警報音は誰かの手によって鳴り止むのであった。
 
それから半年が経ったある日。地元の友人Aちゃんが、私の家に泊まりに来たことがあった。久しぶりに友人と再会して、最近の出来事を楽しく話していた時、再びあの忌まわしきベルの音が鳴り響いた。
 
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
 
「えっ、何!?」
 
鼓膜を突き破るような警報音に友人はビクッと跳ね上がり、不安そうに玄関の方に目をやる。
 
「あ〜大丈夫! 最近よく誤報するから困ってて。でも、よく分からないけど、放ってたらいつか止むよ」
 
友人は「そうなんだ、それは困るよね」と言って、さっきの話の続きを喋り出した。しかしその後も鳴り止まないベルの音を気にしているのか、何度も玄関の方を見ては不安そうにしている。
 
そういえばイソップ物語に、「オオカミが来たぞー!」と言い続けて、本当にオオカミが来た時に町の人から信じてもらえなかった羊飼いの少年がいた。もし、その日が今日だったら。
 
「一応見てくるよ、私」
 
玄関を開けると、名前も顔も知らないマンションの住人が、受信機の前に4〜5人ほど集まっていた。そして、困ったようにお互いの顔を見合わせている。煙の匂いも、叫び声もないので、どうやら今日も誤報らしい。
 
しかし、いつも119番通報してくれていた白シャツを着た男性が見当たらない。どこかに出かけているのだろうか。だが東京は人の入れ替わりの激しい街だ。とっくに、別の街に引っ越していたのかもしれない。
 
「誤報ですよね?」
 
ぼうっと突っ立っている私に、親子が不安げな表情で声をかけてきた。「そうみたいですね。最近、多いんですよね」と返事をしながら、人だかりができている受信機のほうに近付く。4〜5人がかわるがわる中を覗き込んでは、どうすることもできずに諦めて自分の部屋へと戻っていく。人だかりが引いた後でようやく私も受信機を覗きこみ、中身を見た。なんだか小難しいスイッチとランプがたくさん並んでいるのを見ながら、私はあることを思い出した。
 
「これ、この間見たやつだ!」
 
そう。つい先日、私は会社の防災訓練で、火災発生時の避難の仕方や警報音の止め方を、動画で習っていたのである。
 
「あのう、多分、ここのスイッチを上げ下げするんだと思います!」
 
ぼんやりと見ていた動画が、こんなところで役に立つなんて。突然、自信ありげな表情になった私に、親子は不思議そうな顔をしている。
 
「この扉、開けられますかね?」
 
私は小さな女の子と一緒に受信機の扉をあけ、その中身をぐっと覗き込んだ。火災の発生源は1Fとなっている。1Fの部屋を見渡すが、どの部屋からも煙は出ていないし、異変はないようだ。よく見ると、警報音を止めるためのスイッチの隣に、その説明書きが添えてあった。
 
「この通りにやれば良いみたいですね。よし、これを上げて、これを下げて……」
 
私たちは大きなベルの音に顔をしかめながら、声を揃えて一緒にスイッチを上げ下げする。
 
「で、できた……!!」
 
すると、これまであんなに悩まされていた警報音が、ほんの一瞬で鳴り止んだ。ハイタッチでもしたいくらいに不思議な達成感に満ちた私たちは、目を輝かせながらお互いを見つめ合った。
 
それからというもの、誤報があるたびに私は玄関から顔を出すようになった。そしてしばらく何も異変が起きないことを確認していると、2つ隣の部屋から例の女の子が現れるのである。
 
「あ、どうも」
 
照れ笑いをしながらお互いにお辞儀をし、受信機へと向かう。
 
日常の中で「やるかやらないか」を迫られる場面は何度もある。その度に「だって私がやらなくたって……」と私は難癖をつけたくなるだろう。しかし、葛藤しながらも「やる」を選ぶことで、少しだけ自分を好きになれそうな気がしている。
 
「これを上げて、これを下げて……」
 
無事に警報音を止めた後、私たちはこのマンションの小さなヒーローになったかのような気分で、それぞれの部屋へと戻っていった。
 
 
 
 
***
 
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2024-03-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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