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どしゃぶりのディズニーランドに「幸福」はあるか


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
「あいにく」が過ぎるだろ。
グレーのどんよりとした空から大粒の雨が降り続けている。
 
それでも大勢の人たちが、おそらく日本一有名なこの遊園地を楽しみに朝早くから入口に並んでいる。
 
私たち家族は、はるばる九州から飛行機や電車を乗り継いで東京ディズニーランドに来ていた。結婚十周年を記念して夫が企画してくれた旅だ。帰省以外ではあまり九州を出た事がない私たちにとって、今回は二泊三日の大冒険の旅だったのだ。
 
それなのに。
よりによって、ディズニーランドを予約していた今日、降水確率はまさかの100%。
 
ねぇ。そんな事あります? 降水確率100%って。
神様、私の日頃の行いってそんなに悪かったでしょうか。
 
恨めしい気持ちになりつつ、雨で濡れる手で傘をギュッと握り直す。降り続ける雨のせいで、風がより冷たく感じる。体は容赦なく冷えていった。
 
45分程ゲートの前で待ち、いよいよ園内に入る。
どしゃぶりでどんよりした気持ちを吹き飛ばすほどの歓迎のミュージックが大音量で聞こえてきて、若干気分をほぐす。あぁついに到着したんだ。独身の頃、友人と訪れてからもう既に15年以上が経過している。久しぶりの夢の国を思う存分味わいたい!
 
しかし、横から殴り続けてくる雨のせいで、あっという間に靴の中はジュクジュク。吉野家だったらつゆだくだ。レインコートと傘は持参したが、せめて子供たちの分だけでも長靴を持ってくるべきだった。そこまで気が回らなかった心残りを反芻しながら園内を回った。
 
「お母さん、楽しいね!」
8才が私の傘を覗き込みながらキラキラの笑顔でそう言ってきてハッとする。なんて健気なんだ。
 
気を取り直して子供たちが楽しそうにはしゃぐ姿を写真に撮る。ひとつひとつの建物やオブジェがアニメーションみたいな鮮やかな色使いで、見ているだけで惚れ惚れする。引っ張ると音が鳴る引き出しや、受話器を取るとお喋りしてくれる公衆電話などの楽しい仕掛けに、子供たちは一回一回歓声を上げながら夢中だ。
 
「今だったら、ここはあまり待ち時間がないみたい。並ぼうか」
計画性の塊として普段から家族に崇められている夫は、私たちがはしゃぐ姿を見守りながらずっとスマホとにらめっこしていた。アトラクションの効率的な回り方をずっと模索してくれているのだ。
 
建物の中に入っていくと、すみずみまで作り込まれたその世界観に一気に引き込まれる。ここは誰かの家のようだ。乱雑に押し込まれている荷物がやたらリアルな納戸。本当に水をバシャバシャ言わせて回っている洗濯機。裏庭には住人が大切に育てている野菜たち。天井を見上げると色とりどりの可愛い衣装がハンガーにたくさん掛かっていた。そのひとつひとつが非常に丁寧に再現されていて見る者を飽きさせない。
 
係の方に案内され「カメラマンの撮影もされますか」と聞かれる。ほう、なるほど。この可愛らしい家で撮影ができるのか。手持ちのスマホでも撮影可能との事なので、スマホで撮影してもらうことにし前に進む。
 
扉の前で一旦ストップさせられた。家族4人行儀よく並んでいると係の方が何か大舞台にでも案内するかのような大げさな身振り手振りで声を張った。
「それでは! こちらの扉から!! お入りください!!!」
 
茶色い木で作られた扉を思い切り開くとそこには何とあの男がいた!
 
「きぃやぁーーーーーーーーーー!!!!!」
思わず悲鳴を上げた私の目の先には、誰もが知る大スター、ミッキーマウスが立っていたのだ。
 
あまりにも無知で大変恥ずかしいのだが、ここは並びさえすれば必ずミッキーに会える「ミッキーの家」というアトラクションだった。夫も子供も本物がそこにいるとは知らなかったようでみんな「いた!」「本物!」など口々に言っている。
 
ミッキーはまず子供たちを順番にハグしてくれた。まるで宝物を優しく包み込むように抱き締めるミッキーは紳士のようだ。腕の中にすっぽりと収まる子供たちを見て顔がにやける。これは相当の思い出になる。締まりのない口角をさらしながら「すごいね、本物だねぇ!」と興奮気味に子供に話しかけていたら大スターが「うん!」と言った感じで振り返り私を見つめた。
 
えっ! ちょっと待って、まだ心の準備出来てない。
 
ミッキーは「おいで」と言わんばかりに両手を広げて尚も私を見つめ続ける。
 
でも、私には少し後ろめたい事情があった。
ごめん、ミッキー。私ここにあなたがいることさえ知らなくて、軽い気持ちで並んでた。ディズニーなんて15年以上来てなかったし、キャラクターたちの名前も全然わからない。ディズニー映画も全部は見てないし。それでもミーハーだからあなたの顔見た時ついキャーって言っちゃった。そんな軽薄なファンなの。
 
もじもじしていると、ミッキーは飛び立つのかよってくらい更に大きく手を広げた。その艶やかでこぼれそうな程の黒い瞳と、誰も取りこぼさないという決意が見える口角の上がった唇。
 
結局私は世界的大スターの彼に引き寄せられ、その胸に顔を埋める。彼の大きくて真っ白い手が私を丸ごと包み込む。
「そんな小さいこと全然気にしないで。こうやって会えたんだ。僕たちは今抱き合って愛を交換するべきなんだよ。パナ子に会えて僕嬉しい!」
私の図々しさも手伝い、ミッキーの心の声がそう聞こえた。
彼の背中に回した手には、確かな温度を感じた。
あぁ温かい。雨と風にさらされて冷たくかじかんだ手が少しずつ緩んでいく。今日この大雨のなかディズニーを彷徨っていた理由がハッキリとわかった気がした。
彼に会うためにここに来たんだ。そう思わせるには十分過ぎるくらいのホスピタリティだった。
 
手持ちのスマホで記念写真を撮ってもらい、何度も何度もしつこいくらいにバイバイする。私たちはホクホクした気持ちでミッキーの家を後にした。
 
そういえば、と思う。
昨夜ホテルに宿泊した時から全てがそうだった。
ホテル内にあるディズニーストアのお姉さん、ディズニーリゾートライン(モノレール)の係員、園内の係員の方々、アトラクションで一緒になった観光客……。
 
みんな目が合うたび「いいね!」「いってらっしゃい!」「楽しんで!」と歓迎ムード満載のエールを送ってくれたし、こちらからお願いしなくても「撮りましょうか?」とシャッターを押してくれたりした。
 
もしかしたら……夢の国のトップに君臨する彼のホスピタリティが隅々まで行きわたっているからだろうか。彼の大きな愛に包まれ、みんな安心しきった顔で楽しんでいる。例え大雨だろうが、雪の日だろうが関係ない。久しぶりのディズニーランドはそれくらいの充実感があった。
 
どうやらそう思ったのは私だけではなかったようで、帰りのモノレール内でディズニー帰りの乗客たちは、靴や服、手に持った荷物を濡らしながらも満足そうな笑みを浮かべていた。
 
九州に戻ってきても尚その余韻に浸らせるミッキーにもう会いたくなっている。子供たちが小さいうちにまた必ず会いに行こう。次にお目にかかる機会があるのならば、出来たら晴れがいいですけどね!
 
 
 
 
***
 
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2024-04-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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