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繊細な息子が持つ「黒」の裏にある最強の「白」


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記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
時折目を閉じ、うっとりした表情で8才の息子が料理に舌鼓を打っている。目を開けると息子は私に言った。
 
「うっま。このサラダ食べてみ? これはオリーブオイルと塩と……レモンやな」
 
素材の良さを引き出すために、あえてシンプルに作ってあるドレッシングがいたくお気に召した様子の息子は小鼻を膨らませながら興奮気味にそれを私にすすめた。
 
確かに美味しい。しかもこれは、どちらかというと大人が好みそうな味だ。
 
平日の昼下がり、入学式のため休校になった息子のリクエストで私たちは近所のイタリアンレストランに来ていた。ランチとはいえ、専用窯で焼くピザがウリの本格イタリアンはまあまあ高くつく。しかし、味の違いがわかる息子になら少しくらい値が張っても美味しいものを食べさせたいという気持ちが勝った。
 
そして最近つくづく思うのだ。
オセロの黒が白にひっくり返る瞬間が来ているのかもしれない、と。
 
息子は赤ちゃんの頃からとても育てにくかった。乳児期は授乳しても、オムツが綺麗な状態でも、部屋の温度が適切であっても、とにかくギャン泣きがひどくなかなか寝ない赤ちゃんだった。
五感の感覚が鋭すぎるのか、快不快の指数が敏感に振れやすく穏やかな時間というものが極端に少ない。
お母さんデビューをして日の浅かった私は、途方に暮れ疲れ果てた。そのうち夕方になると疲れの取れない体がそうさせるのか物悲しくなって、息子を抱っこしたまま一緒に泣いたりもした。
 
全方位に繊細さを発揮するハリネズミみたいな息子は、幼稚園でもたびたびトラブルを起こし私は担任の先生に何度も呼ばれることになった。小学校入学時にはその大勢のなかにすんなり溶け込むことができず、一時期不登校も経験した。
 
そんな息子には小さな頃から特技があった。それが料理だった。
私が台所に立っていると何となく近づいてきて手伝おうとする。3、4才の小さな子供を相手に料理を一から教えるのは楽な事ではなかったが、彼専用の包丁を購入し、持ち方切り方具材の炒め方などを少しずつ教えた。好きなことは覚えるのも早いようで彼はどんどん腕を上げた。そのうちみそ汁やサラダ、野菜炒めなど簡単なものは私がつきっきりで監視しなくても一人で全工程できるようになった。
 
何度も味見をしながら丁寧に仕上げた料理の数々はなかなか美味しく、我が息子ながら大したものだと感心した。
 
舌が繊細な彼には、もうひとつ特技があった。味の再現だ。
家族で夕飯を食べていた時、彼が茶碗の中の米をすりこぎで潰しだしたので(まためんどくせぇことを)と内心呆れていたのだが、完成したものを「食べてみ」とドヤ顔で渡された私は、文字通り目を丸くした。
「これ! 生八つ橋やん!!!」
 
思いついてしまったらしい息子は、潰した餅状の米にきな粉、少量の砂糖、シナモンをまぜ合わせ、昔ながらの京都の銘菓「生八つ橋」をその手で作り上げてしまった。
 
本物さながらの生八つ橋を食べながら私は心底思う。そんなくだらないことしてないでさっさと食べなさい! と叱ったりしないでよかった。
実際台所に立って好きなように料理をする時や味の実験をしている時ほど、彼がイキイキしている瞬間はないかもしれない。
 
赤ちゃんの頃から「不快」を訴える事が多かった息子は、その分自分にとっての「快」を拾いあげることが上手になっているように感じる。長所と短所は表裏一体というけれども、繊細だったからこそ違いがわかる者に成長するのだというのは、私が息子から教わったことだ。短所と思っていたオセロの黒を、少しずつひっくり返して長所の白を広げてもらえれば、こんなに嬉しいことはない。
 
彼を育てるにあたって苦悩の連続だった私が出会った概念のひとつに「風呂敷理論」というのがある。人は好きなことをとことん伸ばしていくと、一見関係にないようにみえる他の力も伸びていくことを表した言葉だ。風呂敷を広げて真ん中をつまんで持ち上げると、それに伴って他の部分も引き上げられる様子を例えている。考案者は定かではないが、教育の現場ではこの理論を推奨されている先生もおり、昔からある概念のようだ。
 
子育てしているとどうしても人と比べて出来ない部分が目についてしまう。しかし、まずは子供が好きで得意と思えることをとことん伸ばしてやることこそ大事なのではないかと最近では腑に落ちている。
 
ある夕飯で8才が言う。
「今日のみそ汁はなんか味がいつもと違うね。出汁の取り方かな? 僕はいつもの方が好きだ」
 
内心(うるせぇわ)と思いつつ、だしパックを取り上げるタイミングが遅かったことを思い出す。料理において息子に嘘はつけないようだ。
 
そのままの君でいてくれ。君が抱えている黒の裏には光り輝く白がいつもそこにあることをお母さんは知っている。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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