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たかが受験、されど受験


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ともち(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
高校教師だった僕には、忘れられない生徒がいる。
 
A子だ。
 
僕はA子から「自分の人生を切り開くカッコよさ」を教えてもらった。
 
A子との接点は、僕が最初に赴任した高校で、初めて3年生の担任になった時だ。
 
 
余談だが、最初の赴任校ではカルチャーショックの連続だった。
駅からバスで20分ほど進んだ少し交通の不便な場所にあり、お世辞にも人気が高いとは言えない学校だった。それだけに、ここを希望して入学してきたというよりは、行きたい高校に落ちたからここへ来たという生徒が多かった。
 
 
まず驚いた光景は、初日の始業式だった。体育館に集まった1000名の生徒は、校長の話が始まっても誰も聞いていない。それどころか、前後や左右に並ぶ友人の方に体を向けて、大声で騒ぎ立てていた。
 
男子は金髪に腰パンで、シャツのボタンを上から3つくらい開けるスタイル。女子はパンツが見えるような短いスカートに、もはや原型がわからぬほど化粧を塗りたくり「それマジウケるんだけど〜」と大手を叩きながら爆笑していた。
 
それなりに周囲の先生は注意しても、生徒はハイハイと軽くあしらうか、ウルセーと反抗的態度をとる始末。
 
 
 
「これはやっちまったかもしれない」
 
 
 
この先少なくともここに5年間勤めるのかと思うと内心クラクラした。
 
 
 
僕が教師を志したのは「学校で学べない大事なことを一緒に学びたい」と思ったからだ。民間企業での営業職を経て、30歳で社会人採用枠を使って高校教師になった。
 
 
生まれ育った故郷はあまりにも田舎で、職業の種類といえば指で数えるほどである。農業、漁業、造船業、観光業が大半で、いわゆるスーツにネクタイをした会社員なんてテレビの中の世界だった。
 
そんな中で、先生という仕事は僕にとって魅力的に見えた。
 
小さい頃から勉強も運動も得意で、学級委員やキャプテンとして先生に頼られることも多く、学校内での自分のポジションに居心地のよさがあった。ある種、安心できる未来像があった。
 
やがて地元の高校を卒業し、都会の大学に進学したことで考えが改まった。全国から集まる価値観や経験の異なる人たちと交わる中で、自分の視野の狭さ、世界の小ささに愕然とした。そして「世間知らずのまま教師になるのは危険だ」と思うようになった。
 
そのため、広く社会を見渡せて、早く成長できる環境を探して民間企業に就職した。
 
 
この選択は大正解だった。
というのも、「学校と社会ではゲームのルールが違う」ことを体験できたからだ。それまでの学校教育では評価されることが多かったが、社会に出て自分のポンコツさに向き合うことになった。上司には叱られ、同期のみならず後輩に営業成績を抜かれることもしばしばあった。
 
大体、社会には学校教育のように「正解」があるとは限らない。多くの場面では「自分で決めたことを正解にする力」が求められる。こんな当たり前のことですら、僕は知らないまま教師になろうとしていた。
 
 
大きな挫折とともに、僕は自分の体験を自分で語れる先生になろうと誓った。
 
 
 
話をA子に戻す。
 
3年生の担任になった僕は、4月に一人ずつ進路面談した。
 
他の生徒と同じようにA子にも希望を聞いた。
 
「進路は……専門学校でいいです」
 
「今、『専門学校で』って言った? 『で』ってどういう意味よ?」
 
私は聞き逃さなかった。数少ないファインプレーだ。
 
 
「いや先生、本当は大学に行きたいよ。でも、今まで散々遊んで勉強やってないし。それにうちは母子家庭だから塾や予備校に通うお金くれって言えないよ」
 
A子の目の奥に、葛藤と苦悩が見えた。
 
「そうか。でも本気で行きたいのなら一緒に考えようぜ」
 
僕は即答していた。
 
 
ただ、問題があった。
 
その高校は進学実績がほとんどなく、そのため施設も教材も皆無だった。
 
そこで、空き教室を探して管理者の先生に交渉し、自習室として使わせてもらった。壊れた机や椅子を撤去し、埃を拭き取り、机を5つ揃えた。エアコンはなく扇風機を設置した。ブックオフに行ってポケットマネーで教材を買い揃えた。塾講師の経験がある先生が手伝ってくれることになった。
 
 
こうして、なんとか「放課後予備校」ができた。
 
 
完全ボランティアとはいえ、生徒の進路がかかっているので、こちらも中途半端なことはできない。A子を含めたった4人の大学受験を志す生徒のために、僕たち教員は通常の授業準備に加えて、受験指導をした。家に帰って参考書を解き、解説の練習をした。当然、休みは潰れた。
 
 
ただ、受験生にはそれでも時間がない。科目を絞り、何をどう勉強するのか作戦を立てた。
 
 
 
塾代はクリアできたが、新たなお金の問題も発生した。受験にはお金がかかる。当時、私立大学1校を受験するだけで3.5万円かかった。10校に併願すれば35万円が必要である。合格すれば100万単位で授業料の支払いも続く。
 
 
「うちにはそんなお金ない!」
 
間近に迫る受験へのプレッシャーもあってA子は拒んだ。
 
 
「お金なら奨学金もある。必死にバイトすれば返せる。だけど受験は1年に一度しかチャンスはない。今年受からなかったら浪人でまた金がかかる。必要なら母ちゃんに電話して説得してやるからできることを考えろ」
 
 
A子は、殺気だった目で睨んできた。
 
 
お互いヒリつくような真剣勝負だった。
 
 
 
 
 
受験の結果、A子は3つの大学から「合格」を勝ち取った。
 
 
残念ながら第一志望は不合格だったが、第二志望の大学に進学できることになった。
 
 
 
「先生、ありがとうございました。これで大学行けます」
 
 
「うん、よく頑張ったね」
 
 
咄嗟に気の利いた言葉は出なかったけど、その1年で十分伝えた。
 
 
A子はこれからどんなことがあってもおそらく大丈夫だろう。
 
自分で決めた人生を切り開く経験ができたから。
 
いつか、あの時のことを肴にお酒を飲んでみたい。
 
 
 
 
***
 
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2024-04-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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