失敗のケーキ
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記事:山本優子(ライティング・ゼミ集中コース)
「失敗のケーキ」とよばれるものが、我が家にはある。
それは比喩ではなく、失敗から生まれた成功例でもない。
本当に「いつも失敗するケーキ」なのだ。
もともと趣味で、たまにケーキを焼いていた。年に数回程度、家族の誕生日とクリスマスくらい。スポンジケーキやロールケーキ。リクエストによってチョコ味にしたりフルーツを挟んだり。
誰かに見せるわけでもなく、贈り物でもない。ましてや売り物でもない。多少形がいびつでも、クリームが上手に塗れていなくても、それなりに美味しいし、家族も喜んでくれていた。
そんな趣味レベルで安定していたケーキ人生に、失敗のケーキはあらわれた。
今までは、たいていどうやってもそれなりには出来ていたのに、あの日は違っていた。
型をはずすまでは、これまでのように(誰にとは言わないが)余裕を見せていた私だったが、なんと! 型から出てきたそれは、見るも無残に陥没していた。
ケーキの陥没以上に私の心はへこんだ。大人だからこれくらいのことで泣いたりはしない。泣いたりはしないけど涙目にはなっていたかもしれない。口では家族に軽口をたたきながら。
家族は「全然おいしい! ふつうに美味しい!」と食べてくれた。甘くてふわふわしていればなんでもいいんかい!と突っ込む気持ちも多少あったが、私を励ます意図もあったのだろう。
正確に言えば、以前にも同じケーキを焼いたことがあって、その時はきれいに焼けていた。だけど「ふわふわ過ぎて食べた気がしない」と言われた。なんだかそれが悔しいような納得いかないような気持ちだったので、弾力が出るように粉の配分を変えて再チャレンジしたのだった。そしたら、まあなんと、口当たりの問題よりも大きな問題が勃発したのだった。
壁(この場合は陥没なので「谷」か)を目の前にし、私はうろたえた。家族がおいしいと言ってくれるならよいではないか、と平静を取り繕いながらも、これまで家庭レベルとはいえ大きな失敗もなく、家庭レベルとはいえ順風満帆に楽しんできたという小さなプライドが、今、試されていると感じた。
この事件(⁈)は、低レベル安定ケーキ魂に火をつけた。
それまでは数か月に一度、行事ごとでしか焼かなかったのに、数日後、また私は同じケーキを焼いた。
この間はたまたま失敗したのだろうと、楽観した素振りで自分をなだめつつ再チャレンジした。
そしてまた失敗した。
前回とは違う形に陥没したそれを見て、私の心もまた違う形でへこんだ。
奢っていたのだと自分を諫めた。
そこから研究が始まった。
レシピ投稿サイトでいくつものパターンをメモした。有料会員ではないので、人気トップレシピにはすぐにはたどり着けない。キーワードからランダムに表示されたものを上から順にチェックしていった。粉の種類とそれぞれの量、卵のサイズ、温度や時間。どんなふうに混ぜるか、混ぜる時間はどこで何分か何秒か。冷やすか冷やさないか、冷やすなら冷蔵庫か冷凍庫か。材料や手順やポイントやコツの一覧表をつくった。
本屋に行けば「かんたん」「だれでも」とうたっているものから、「本格」「本場の」とあるものまでチェックした。(ごめんなさい。立ち読みで)
そして試行錯誤した。ある時は粉の配分を変え、ある時は混ぜ方を変え、温度を上げまたは下げ、焼き時間を変え、八方手を尽くしてみた。今度こそは、と毎回祈った。焼き上がり、型から外すまでは期待に満ちていた。
しかし、型から出てくるのは、いつも陥没したケーキだった。
何度失敗しても、家族は、おいしいと食べてくれた。
そしてそれはいつしか「失敗のケーキ」とよばれるようになった。
そもそもなぜ私は、そんなに何にこだわっているのだろう。何のために作っているのか。家族が喜んでくれるなら、それでよいではないか。
そう考えても、自分で自分を慰めているようにしか思えない。
ひとは行き詰ったときに性格が出るのかもしれない。
もちろん、これまでの人生で、うまくいかなかったとか選択を誤ったことはたくさんある。だけどそれらが絡み合って、今に繋がっている。人生の結果は死ぬときにしかわからない。
そう、「結果」
私はものづくりに真剣に関わることがなかった。せいぜい学校の図画工作程度だ。「誰がどう見ても失敗」というものをつくったことがなかったのだ。
ケーキは焼きあがったその時が結果だ。
おそらく私は自分自身が引き起こしたその結果に納得できないのだろう。
幾度も失敗を繰り返した後、私は諦めることにした。
諦めるにも自分を納得させる理由がいる。
私はオーブンのせいにすることにした。古いし。レンジ機能優先の機種だし。
数か月後に、ダメ元でと再チャレンジしてみたが、できたのはやっぱり失敗のケーキだった。それからは作っていない。
思い出したように、家族の誰かが「失敗のケーキ食べたい」と言うけれど、まだやる気は出ない。へこんだケーキは食べれば消えるが、へこんだ心はなかなか膨らまないのだ。
形なんてどうでもよい、家族が喜んでくれればいいじゃないかという気持ちと、それなりにちゃんとしたものをつくりたいという小さなプライドのはざまで、私はまだ谷に挟まっている。
でもいつか、「失敗しなかったケーキ」を作れるようになりたい。
そのとき家族は「シフォンケーキ」とよんで、おいしいと食べてくれるだろう。
***
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