メディアグランプリ

聞き耳、勝手にヒーローズ・ジャーニー

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小城由紀 (ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「ゆうた君、ここに座ってね」
お父さんらしい若い男性に抱えられ、ゆうた君は女性が指し示す子供用の椅子に座った。
 
日曜のランチタイム、パンケーキが有名なカフェで出会った2-3歳の可愛い男の子だった。
 
私はそこに夫とランチに来た。環境を変えて仕事の宿題をやるためだ。
ゆうた君とお父さん、おばあちゃんと思われる二人の老婦人の4人は店員に案内された私達の右隣りのテーブルに座った。
 
私の隣はお父さん、その右隣りがゆうた君、二人の前にはメガネのおばあちゃんと長髪のおばあちゃんという配列だ。
 
私は飲食店に来ると、聞き耳をたてる悪い習慣がある。有名シンガーソングライターもその方法でネタ探しをすると聞いたので、創作活動には欠かせない物だと、自己弁護をしている。
私、何も生み出してはいないけれど。
 
お父さんとそっくりの、くりくり眼を持つゆうた君の、大人しくお絵描きをしている姿が愛らしくて、つい話に聞き耳をたてる。
 
「ゆうた君とお父さん、二人で本当によくやってると思うわ」
メガネおばあちゃんが、お父さんに話しかけた。
 
シングルファザーらしい。道理でこの四人の構成に少し違和感を感じたわけだ。お母さんがいない。
 
そこで考える。二人のおばあちゃんは母方、父方両方の祖母だろう。敬語で息子に話すメガネおばあちゃんは母方、義理の息子だろう。
もう一人の長髪おばあちゃんは、ゆうた君と遊ぶのに夢中だ。
 
母親不在の理由を妄想する。
母親がなんらかの事情で家を出てしまったのであれば、母方メガネおばあちゃんはここにはいないだろう。一人になった娘を応援するのではないか?
 
ならば亡くなったのか。可愛い息子をおいて亡くなるなんて、お母さんどんな想いだったんだろう。
しかし、四人からは悲壮感が感じられない。淡々と父子生活の話が続く。
ゆうた君が生まれてすぐにシングルファザーになったのだろう。時間が心をが癒したのではないかと思った。
 
私のオーダーのチキンサラダ、夫にはパスタがテーブルに置かれた。程なく隣のテーブルにも大人三人分のオーダー、ゆうた君の前には子供用のお皿、スプーンが置かれる。
 
「ゆうたちゃんの分は私達の所からとるので、あなたはしっかり食べなさい」
長髪おばあちゃんの言葉に、お父さんは感謝を述べて食べ始める。
おばあちゃん二人は自分のオムライスやパスタをゆうた君にも渡し、楽しそうに食事している。
 
私も一旦聞き耳を中断、夫と会話をしながらサラダを食べる。お目当てのパンケーキは結構量がある。食事はサラダだけで十分だ。
 
食後、調理に時間がかかるパンケーキを待ちながら、ゆうた君のテーブルを見る。
ゆうた君の前にはチョコパフェが置かれているが、飽きてしまったのだろう。チャイルドシートを抜け出そうとモゾモゾ動いている。
 
見かねた長髪おばあちゃんが声をかける。
「ゆうたちゃん、お母さんも頑張ってるから、頑張ろう! 頑張れば早く退院してくれるかも」
 
よかった。
 
お母さん、亡くなってなかった。1番悲しい状況ではなかった。でも言葉から察するとお母さんはなんかしらで入院してるらしい。シングルファザーを褒めちぎる様子から、長期入院でもしているのだろうか?
 
脳裏に交通事故で脳挫傷した時に出会ったお母さん患者の記憶が蘇った。
 
11年前ひき逃げに遭い、脳挫傷で3回入院した時の3度目の入院の記憶だ。その時の経験談を書くと本一冊ぐらいになるのでかなり端折るが、3度目の入院は、1度目の緊急手術で取り除いて冷凍保存した左頭蓋を戻すという手術をするためのものだった。その時の会った女性が小学生の子供が二人いるお母さん患者だった。
 
私のその手術も脳を開ける物ではあるが、事故当初から決まっており、期間も一週間と短かった。
頭蓋を取っていた時は頭に衝撃が加わった時に守る物がないため、ベットで横になる時以外はヘルメット状の特注ヘットギアをつけていて、これが暑くて憂鬱だった。
頭蓋骨を入れ直すとそこから解放されて、より普通の生活に近づく。
 
12月23日からのその入院はそんな未来に希望が持てる入院だった。おまけに新年は家で迎えられる。
 
お母さん患者は反対で頭に悪性の腫瘍ができ、いつ終わるかもわからない長期治療入院だった。また東北の病院からの転院で二人の子どもにも会えないままクリスマスと正月を迎える事が決定している。
ある意味ハッピー入院の私に彼女は最後まで心を開かなかったが、いつも泣きはらしたような顔で、窓を見ていた。家族の事を考えていたのだろう。
 
ゆうた君のお母さんと彼女がリンクしてしまった。
お母さん、がんばれ、ゆうた君のために。
 
待ち望んだパンケーキがやって来た。夫に半分渡し、私はそのふわふわ食感を楽しむ。
聞き耳は中断していたのだが、長髪おばあちゃんの発言でまた隣に目をやる。
 
「ゆうた君、あと3回寝ればお母さん帰ってくるからね。もう少しだけ頑張ろうね」
 
妄想よりもお母さんの状態はかなり良いらしい。なんの病気か怪我かはわからないけど、退院が決まっていて私までほっとする。
 
退院してもすぐには普段の生活はできないであろう。ゆうた君甘えん坊じゃなければいいけれど。
 
そう思っていたら、時を置かずにメガネおばあちゃんからお母さんが入院理由が告げられた。
 
「ゆうた君、そろそろお母さんのいる病院に行こうか。生まれてたばかりの弟にも会えるからね」
 
………なんと! 重病じゃない。
 
おめでただった。
 
ちょっとちょっと、この多幸感たっぷりの肩透かしは何ですか?
 
もちろん出産だって大変なことには違いない。しかし私の頭の中のゆうた君は
 
母親が亡くなった少年

重病の母親のいる少年

新しい家族が加わったハッピーファミリーの少年
 
と、変換されてその落差に勝手に祝杯をあげたいぐらいに嬉しい。
 
夫はPCと格闘中だ。もう少し私達はここにいるだろう。
隣のテーブルの4人はお母さんに会うために支度を始め、伝票を取ってレジへと向かう。
 
来た時と同じようにお父さんと手を繋ぎゆうた君は去って行く。私は見送りながら思う。
 
ゆうた少年よ、私の中で君は「逆境を乗り切り、弟という新しい仲間を引き連れた勇者」になっている。
行くがよい。お母さんのお見舞いでも、ラスボス退治でも。
 
【まとめ】
ゆうた君は先日お兄ちゃんになりました。
 
要約するとたった一文で終わる、ハッピー情報を、思わせぶりな二人のおばあちゃんのせいで、聞き耳おばちゃんが勝手にこじらせていただけのお話である。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-25 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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