メディアグランプリ

愛しのパープルハウス


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記事:久保田めぐみ(ライティングゼミ4月コース)
 
 
※この話は事実にもとづいたフィクションです。
 
「そうやな、あなたの家、色で言うとパープルや」
とある霊視ができるという占い師に、こう言われたことがある。決して家相を鑑定してもらっていたわけではない。別居中だった夫との相性を、鑑定してもらった時である。
「そこ、実家やないやろ?」
関西弁の占い師が、確信をもって聞いてきたのにはどきりとした。この家は、夫と別居をするために逃げてきたシェアハウス(という名の一戸建て)だった。
私よりも少し年上の男性家主が、購入した一軒家の一部屋をシェアハウスとして貸し出していた。山手線内の駅から私鉄に乗って20分。さらに徒歩20分。都心に出るのにひと手間かかるが、家賃は驚くほど安かった。
「あなたにとってパープルやないんよ。その家自体のオーラがパープルなんよ」
家そのものが、先祖代々償わなければならない罪のようなものを背負っているのが視えるのだという。
「困っている人のために部屋貸しを始めた」と、話してくれた家主には聞かせられない話だが……いや、よく考えたらそれも償いか? 大変失礼な妄想が膨らんだまま鑑定は終わった。
 
そもそも、引っ越し資金もない私が、一日も早く夫の元から離れるにはこのシェアハウスしか住む場所がなかった。
夫との暮らしは、合うはずのないパズルのピースを探しているような毎日だった。遠距離恋愛を経て、地方から東京に来て一緒に生活を始めたが、驚くほど夫と話がかみ合わない。誰かと一緒に生活するということは、話し合いや決め事、そして少しの気遣いの積み重ねだと思っていたが、そのすべてが合わなかった。いくら夫に嫌だと思うことを訴えても「それは新婚なら誰もが抱く悩みだって、同僚の〇〇さんが言っていた」とかわされる。これが夫の性質だと分かったのはずっと後のことだったが、いつまでも出来上がらないパズルに、真綿で首を絞められているような感覚だった。
同居3日目くらいから、私は夫と寝室を別にするようになった。引っ越しの段ボールが積まれたダイニングの床に、毛布を敷いて眠った。最悪の新婚生活である。
「苦学生みたいだね」と床で寝る私の姿を見て言う夫は、きっと私がここで死んでも自分の責任だとは思わないだろう。さらに追い討ちをかけられるように、実家の親からは「良い旦那さんだから感謝しなきゃね」と便りが届いた。
自分は我慢強い性格だと思っていたが、こんな生活を、世の奥さんたちは何年も何十年も続けているのか。考えただけでぞわりとした。
家を飛び出したのは、それから2か月も経たない頃だった。都心から遠いシェアハウスに移ってからは、空が驚くほど青く見えた。大きな公園の木々の緑は美しく、知らない野鳥の声は新鮮だった。「朝ってこんなに綺麗だったんだ」と毎日感動していた。
それから、私はそのシェアハウスに2年間住んだ。離婚もさほど炎上することなく成立したが、「住んでいる家の住所を教えないとはどういうことだ!」と元夫からお怒りの長文が送られてきて、そっとLINEをブロックした。
 
身辺のごたつきも終え、個人事業主になって新しい仕事もいくつか見つかり、やっと落ち着いてきたと思った瞬間、家の遠さが気になりだした。
複数職場があるので、毎日同じ場所に通うわけではない。一番遠いところで朝6時に出ないと間に合わない職場もあった。通勤時間はどこへ行くにも1.5~2時間くらい。
遠い、さすがに遠い。
1日に2か所仕事に回ることもあったが、帰宅するのが0時を過ぎることも少なくなかった。
「パープルハウスは、自立したら出た方がええで」
くたくたになりながら家までの夜道を歩いていると、占い師の言葉がよみがえる。そう言われれば去年の夏、玄関先に置かれるように死んでいたネズミ。あれはパープルハウスのせいだろうか。家主にも気付かれず秋になるまで横たわり、干からびて前歯が飛び出る過程を見届けてしまった。こないだ玄関先で派手に転んでしまったのも、パープルハウスのせいだろうか。無職の変な男と付き合いそうになったのも……。考え出すと妄想は止まらなかった。
 
結局この春、私はパープルハウスを出ることにした。
家主の名誉のために言っておこう。決して、家が悪かったとは思っていない。激安家賃で光熱費も負担してもらって、家主にはもう感謝しかない。
私の人生が、次のフェーズを迎えたからだ。もう少し都心にアクセスの良い場所に住んで、自分が思う方向に進んでいきたい。そんな風にやっと思えるようになった。きっと人生には「段階」がある。それが下に向かってしまうときは、自分の力ではどうにもならない。けれど、上に向かうのは自分の力でしかできない。パープルハウスは、段階を転がり落ちた私を救ってくれた家だ。だから、もう感謝して自分の力で上っていこうと、やっと、2年かけて思えるようになったのだ。
 
引っ越しの朝、単身用のトラックに荷物を載せ、毎日歩いた道を走ってもらった。「駅から遠かったんです」と、引っ越し屋のお兄さんに苦笑してみせる。
それでもやっぱり、美しい朝だと思った。
 
 
 
 
***
 
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2024-05-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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