カレーは最強
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記事:亀子美穂(ライティング・ゼミ4月コース)
「今日の夕食、何にしよう」
そんなことを考えながら、仕事帰りに駅から家に向かう途中、どこかの家から漂うあの匂い。
あの匂いを嗅いで、何の料理かわからない人がいるだろうか?
頭の中に、その料理がくっきりと浮かぶ。
少し深さがある皿にこんもり盛られた白米。それにあの茶色いドロッとしたルーがかかっている。ルーにまみれた、ごろっとしたジャガイモとニンジン。肉も控えめにはいっている。
「うちも今晩はカレーにしよう」
夕食の献立に悩む主婦である私にとって、その匂いは天からのお告げのようにも思える。
日本の家庭の食卓で、カレーが定番になったのはいつからなんだろう?
私はカレーを食べたことがないという人に会ったことがない。
インド発祥の料理だけど、どこかのインド料理店で食べたというわけではなく、家庭だったり、学校給食だったり、ごく日常的な場面で食されている。
でもそれは他の日本の一般的な家庭料理とは全然違う。ほかの料理はどちらかというと控えめな印象で、煮物にしても焼き物にしても、主張しすぎず、ご飯とみそ汁にひっそりと寄り添っている。和を尊ぶ日本人らしい料理。
しかしカレーは違う。スパイスがきいたあの匂いからして、その存在を主張しまくっている。それは、たまたま外を通りかかった人間にまでアピールし、その家のメニューまで決めさせてしまうほどだ。
そんなインド出身、褐色の肌のカリー君がみんなにすんなり受け入れられたとは考えにくい。よそ者に対しての警戒心もある。みんな、遠巻きにカリー君を観察する。
「あの臭い、なんなんだよ?」
「見た目も何かドロドロしてて変」
「ちょっとヤキいれてやるか」
そう言って一口、口に入れた途端、
「か、辛い!」
それまで経験したことのない刺激の反撃を受ける。
「なんだこれは?!」
「悪魔の食べ物かもしれない」
などと、忌み嫌われてもおかしくない。
しかしカリー君はそうならなかった。
カリー君は挑んでくる者を決して拒まなかった。
挑んでくる相手に合わせて辛さを変えた。
お子様には甘口。大人は辛口。さらに無鉄砲な輩には5辛、6辛、場合によっては10辛やそれ以上で対応した。
弱い物には優しく、分別ある大人にはピリッと。理不尽な奴には徹底的に。
そんな正義の味方気質のカリー君のまわりには、いつしか人が集まってきた。
カリー君の辛さに挑んで、己の力を試そうとする者まであらわれた。
自己主張がつよく、他の者を受け入れなさそうに見えたカリー君だが、実は誰とでも仲良くなれる性格でもあった。
ほうれん草、とんかつ、チーズ、ハンバーグ……
愛知発祥の全国的カレーチェーン店にはトッピングメニューが40種類以上ある。一見、相性が良いわけなさそうな納豆なんかもあって、結構人気があるらしい。カリー君の懐の深さがうかがわれる。
こうして知らず知らずのうちに皆はカリー君のとりこになっていったのかもしれない。
いつしか「カリー」が「カレー」となり、家庭で手軽に作れるカレールーが発明され、1週間に1回はカレーが食卓に上がる家が出てきて、すっかり日本の家庭料理として定着したカレー。
そして、それを作る家庭によっては、カレーに隠し味が仕込まれたりする。
それはチョコレートだったり、インスタントコーヒーだったり、ウスターソースだったり、醤油だったり。
それはスパイスの刺激に隠れて目立たないけれど、その家庭のカレーの独特な味になっている。それは思い出につながっている。
ほとんどの人がカレーにまつわる思い出を持っている。
キャンプに行ったときにみんなで食べたカレー。
母の日に、母のために初めて作ったカレー。
元カレの好きだったバターチキンカレー。
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楽しい思い出も、なつかしい思い出も、ちょっと切ない思い出も、みんなあのスパイシーな匂いと味とともに脳みその奥にしまわれていて、ふっと思い出して懐かしい気分になったりするのだ。
なぜ、世界3大料理にカレーが入っていないのだろう?
それは、カレーという料理がフランス料理とか中国料理というような国単位の狭いカテゴリーに押し込められるようなものではないからに違いない。
インドから来たカリーは、日本で独自の進化を遂げて、もはやインド料理のカリーとは違う料理になっている。このように、カレーは日々変化し、人々に寄り添って新しい思い出を作っていくのだ。
そして、今夜もまた、我が家で新しい思い出になるかもしれないカレーが作られるのだ。
***
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