メディアグランプリ

仕事に行き詰まり、大阪の街に「しましまの服を着たあの人」を探した話


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記事:武藤正孝(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
そろそろ30分になるだろうか。
私は大阪・淀川の土手に座り、対岸に見える高層ビル群を凝視している。
全神経を視覚に集めるがごとく、すみずみまで目を凝らして、視る。
子供のころに絵本で見た「しましまの服を着たあの人」を探すように。
 
「とくに何もないなぁ……」とつぶやき、立ち上がる。
 
 
10年ほど前にさかのぼる。
東京の本社で勤務していた私は、大阪の営業部への転勤を命じられる。
出身は愛知県。大阪には出張や研修で度々来訪していたし、友人もできていたことで転勤は苦ではなかった。むしろ楽しみであった。
 
しかし、転勤後まもなく仕事に行き詰まる。
私は営業が苦手なのだ。元来人見知りで口下手なうえ、知らない土地である。
じきに営業成績は振るわなくなり、本社から改善策を求められた。
 
どうしていいのかわからない。
改善策といわれても何も思いつかない。
どうして営業職での転勤を少しでも「楽しみ」に思ってしまったのだろうか。
 
そんな時、東京でお世話になった重役から電話がかかってきた。
「そっちはどうだ?」
いろいろ愚痴を吐きたくなったが、相手は重役である。現在の業績と営業の改善計画を「当たり障りなく」そして「それらしく」報告する。
 
そんな私の報告を聞き、重役は気のない返事を繰り返したあと、唐突に切り出した。
 
「たしか駅の前に……コンビニがあっただろ? お前はまず、そこで缶コーヒーを買え。そこから5分くらい歩いたところに土手がある。淀川の土手だ。のぼると向こう岸に梅田という街が見える。30分やる。コーヒーを飲みながらその街の景色を見て、答えが見つかったのかどうか、また電話してこい」
 
……意味がわからない。
そこに何か看板でもあって、ビジネスのヒントが書いてあるとでも言うのか?
ただ、現状に行き詰まっていた私は、藁にもすがる思いで缶コーヒーを買う。
そして淀川の土手に座った。
 
思いのほか「いい景色」である。大都会だというのに川沿いには木々や芝生が広がり、対岸には高層ビル群が見える。殺伐とした中にほっとする光景である。海が近いためか、心地よい風が吹いている。
 
……落ち着いている場合ではない。仮にも何かを重役に報告しなければならないのだ。
 
街の様子を凝視する。
ビルがある。橋の上を車が走っている。こちら側に向かって電車がやってくる。川沿いの歩道を走ったり散歩したりしている人がいる。
だが、とくに答えになりそうなものは見つからない。
 
予想したとおり看板はあった。ただ、社名とデカデカと犬の顔が描いてあるだけである。
珍しい看板だとは思うが、それが何かにつながるとも思えない。
「とくに何もないな……」
 
しばらくすると上司がやってきた。
重役から話を聞いたそうで、私と同じく手には缶コーヒーを持っている。
「いやぁ、とくに何もないなぁ」
 
2人で街のすみずみまで凝視した。
いつもより少し視力が上がったのではないか? と思うほど、ビルの窓1つ1つまで見た。
やはり、答えらしきものは何も見当たらない。
 
30分を少し過ぎてしまった。上司があきらめた様子で「これはもう、『何もわかりません』と報告するしかないやろ」とつぶやいた。
 
おそるおそる重役に電話をかける。
「どうだ? 何かわかったか?」
「すみません、隅々まで見てみましたが……答えらしきものは、とくに何もなかったです」
 
今日はじめて、重役から気持ちの入った口調でお返事をされる。
「そうだろ。隅々まで見たところで、とくに何もないよ。大阪の街がある。いま目の前にあるのはそれだけだ。あとは自分で考えろ。じゃあな」
 
気持ちが入ったお言葉かと思ったら、一方的に電話を切られてしまった。
 
しばし唖然としたあと、少し冷静になって考える。
 
知らない土地とは言え、そこに街がある。
街があるということは、人がいる。
わざわざ大阪まで転勤の辞令を出すのだから、会社としてそこに広めたいモノ・コトがある。
事情が読めないまま一緒に缶コーヒーを飲んでいた上司がいる。少なくても私は一人ではない。
 
タスクとしての答えは何一つ見つからなかったが、街があって人がいるのだ。
わからなければ飛び込んで話を聴けばよい。周囲の力を借りればよい。
絵本で見た「しましまの服を着たあの人」みたいに、いきなり答えが見つかるわけではない。
 
そう思って切り替えた私は、再び仕事に戻った。
 
元々フレンドリーな風土もあるだろう。大阪の人たちは暖かく受け入れてくれた。
聴いたこと、話したことには期待以上の答えが返ってきた。
そして私は営業成績を持ち直し、大阪での仕事も軌道に乗った。
 
 
それから10年がたつ。
私は当時の重役と同年代となり、部下となる若手から相談を受ける立場になったが、
どうもタスクの「答え」ばかりを求められることが多いと感じる。
 
「とくに何もないんだけどなぁ……」
 
この、言わば「答え無き答え」をどう伝えるのか? を考えていたが、気づけば私は淀川の土手に座り、目の前にはあの景色が広がっている。
 
「とりあえずは行って話をしてこい」ということだ。
それは今の私自身にも当てはまる。
 
 
 
 
***
 
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2024-06-20 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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