メディアグランプリ

降水確率80%で雨に濡れないのは運がいい


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記事:松本信子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
3年ほど前に、他界した母の言葉である。
 
6月に入り、梅雨の季節がやってくると、天気予報をみる機会がぐっと増える。
天気予報では雨、つまり降水確率が、長傘とか折りたたみ傘、もしくは強い日差し対策の日傘の準備と連動するため、特に重要になってくる。
だから朝の慌ただしい時間でも、定刻に流れるテレビの天気予報を見逃すことはまずない。
災害など命にかかわる大雨も多くて、電車やバスが運転取りやめになってしまわないかとか、現実的な意味でのチェックでもある。
あじさいの花びらが雨に濡れる静かな時間を楽しむ余裕などは、今の私にはないのだ。
 
そんな時、必ず私の脳裏をかすめるのは、冒頭の母の言葉「降水確率80%で雨に濡れないのは、運がいい」だ。
彼女は、生前ちょいちょい独特の感性を発揮した。
この言葉は、うっかりすると聞き逃してしまうほどにいたって普通である。
かくいう私も、何も思わずに、かなり長い間過ごしてきた。
ただ、ある時私は彼女が降水確率を目にするたびに、通常(基準はわからないが)より、明らかに振り幅が大きく一喜一憂していることに気がついた。
ある日私は思い切って彼女に尋ねてみた。
「何でそんなに喜んだり、へこんだりしてるん?」
彼女はきょとんとした顔で「当たり前やんか。80%で雨にあわないのは運がいい」と言う。
続いて「例えばやで。90%の降水確率としたら、それは100人のうち90人が雨に濡れるっていうことなんよ。でもそんな賭けみたいな数字はなかなか難しいやんか」
なっ! わかるやろって感じで話を続ける。
「それで80%の登場やんか。なんか手が届きそうな数字。100人中、80人が濡れるんよ。残り20人に入ったら、ほんまにラッキー!」
少なくとも理系という分野を歩いた私にとっては、そこここに、つっこみどころ満載で、一瞬のうちにいろんな言葉が頭の中を駆け巡る。
そもそも降水確率は人数制だったのか?
90%が賭けみたいな数字で、80%は手が届くって何やろう。
じゃあ70%や60%はどうなん。
数字の根拠はどこからきたんだろう。
そもそも、そういう理解でいいんだろうか!
でもいくら考えても、彼女の理屈を打ち破るほどのすかっとした言葉が出てこない。
確かに、彼女の言っていることは、彼女なりの理屈で整然と並んでいるし、非の打ちどころがない。
難攻不落の城のようである。
150センチメートルそこそこの身長の彼女の顔が、そびえたつ城壁の上のお城、そしてさらにその上に燦然と光り輝く天守閣にも見えてきた。
 
ますます彼女はきらきらとした目で「よう考えてみ、80%は4人にひとりやで」と語りかけてくる。
確かに。
頭の中で計算してみる。
「でも……」と言いかけて言葉を吞み込んだ。
ここで降水確率の何たるかを説明したところで何の意味があるのだろう。
少なくとも、彼女はこの法則にのっとって楽しい毎日が暮らせている。
むしろ天気予報という身近な情報を自身の生活のスパイスとして使っている。
それに、降水確率の意味を話したところで、「あっそう、それがどうしたん」って聞く耳をもたないことも目に見えている。
 
世の中、ありとあらゆるところに言葉が満ち溢れているけれど、それが本来の意味で使われることに意味があるんかなと思った瞬間だった。
同じ言葉でも時間が経てば違う意味合いをもつようになることは、多々あることだし、母のように独自の理屈で使っている人も多いと思う。
そう考えると、人はそれぞれ自分だけにしかわからない解釈をしながら、毎日を生きていることになる。
面白いものだなと思う。
それであれば、彼女のように自分に言葉を引き寄せて、毎日を楽しく生きることが、人生を生き抜く上で一番幸福なことではないか。
 
それをおいても母にはまだまだ勢いがあった。
私が子供の頃に「苦労は買ってでもしろって言葉は信じたらあかん。苦労なんかせんでいい。向こうから勝手にやってくるからな!」
その頃はふーんと思っていたけれど。
この言葉は、確かに彼女の言う通りだった。
どれだけ売り払っても厄介な苦労は付きまとってくる。
「苦労せーへん人は、死ぬまで苦労せんのよ。わざわざ苦労したかって、それが報われるわけがない。苦労せんまま死ねたらそれが一番やで!」
なるほどな。歳を重ねるごとに納得できるくだりである。
 
そして言葉は時代と共に変化を遂げるようでもある。
私も子供を持つ親となり、健康だった夫が病気で重い障害を負うこととなった。
それでも、とにかく毎日を生きている。
先日娘にむかって話す自身の言葉にちょっと驚いた。
「あんたな、苦労は買わんでええねん。買ったら勿体ない。どうせ山ほどやってくるんよ。
逃げ切れるものなら一生逃げ切ったもん勝ちやで!」
私の時代になって、母の言葉に、「勿体ない」と「逃げ切ったもん勝ち」というオプションがついているではないか!
それが「正」なのか「誤」なのかはさておき、とにかく私の人生が加わったものだと思う。
娘たちがどのように解釈するかはわからないが、こうやって言葉って受け継がれていくものなんだなあと実感した。
 
今日も朝から雨が降っている。
いまだに釈然としていないところはあるが、とりあえず母には言っておきたい。
「お母さん、苦労はやっぱり勝手にやってきたよ。買わんでよかった。でもな、私は80%の雨の中でも20%に入った気がする。4人中1人な。かなりラッキーなほうやと思うで」と。
 
 
 
 
***
 
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2024-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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