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とある執事の若様育成奮闘記(幼稚園送迎編)


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久田 一彰(ライティング実践教室)
 
 
*この記事は事実を元にしたフィクションです
 
これはこれは、朝から不穏な様子ですな。今日こそは時間内に若様を幼稚園に送り届けたいのですが。よいでしょう、今のうちに出かける準備をしておくとしましょう。
 
若様を送り届けるとき、到着するのはいつも時間ギリギリ。「幼稚園に行かない」と言って家から一歩も動かれない。車に乗せ幼稚園に着いても下車されない、門まで歩かれない。途方にくれる私を見て、ありがたいことに先生が門から出てきて、車まで迎えにきてくれることもザラにある。
 
そう予想されるからこそ、朝から若様のご機嫌をとる。まずは朝ごはん。スーパーで厳選したお気に入りのヨーグルト、いちごかミックスフルーツか、を選んでもらいます。トーストに塗るのは、カレーかピーナッツ。飲み物も牛乳がいいのかミロがいいのか。喜んでもらえた時の笑顔は、執事冥利につきる。
 
しかし、こちらで良かれと選んで出したものが間違うとドカン! ですな。映画やドラマでよく見るシーン、爆破装置の青と赤の線どちらか間違って切ってしまわないように、という感じの緊張が走る。
 
若様が「なんかテレビで見たい」と言えば、お気に入りのYouTubeチャンネルやAmazonプライム・ビデオの中から見てもらいます。世界中の番組を手元に揃えておきました。しかし、ここからが難しいのです。
 
見ている間はおとなしいので、こちらもゆっくりとご飯が食べられ、自分の身支度もできます。その間に若様を着替えさて幼稚園に行くスタンバイができれば、あとは出発を控えるのみですな。
 
そして念には念を入れて、「8:40には家を出ますから、時間になったらテレビは終わりですぞ、分かりましたかな?」というと、「はーい」と炭酸の抜けたコーラのような返事が返ってきました。大丈夫でしょうかと思いながらも、刻一刻と手元の懐中時計の針が進むにつれて、私の緊張感が高まっていきます。
 
8:40ミッションスタート。
 
「時間ですので幼稚園に行きますぞ〜」
「これ見てから〜」
 
まあ、そうきますな。
これは想定通り。
 
「では、それを見終わったら行ってくれますかな?」
「うん、分かった」
 
そうか、そうか、分かってくれましたか。
しかし、この言葉はトラップ。
織り込み済みです。若様の行動はお見通しです。
言葉通りに受け取ってはいけません。
 
「あ、時間になっちゃいましたな、幼稚園に遅れてしまいますぞ」
ちょっと焦った素ぶりを見せ、片目で若様の反応をみる。
 
やや、全く動じていない。さすがは若様。
むしろ、クッションソファに深く埋もれていて、大企業の社長の雰囲気を醸し出しておられる。しかし、そう感心してばかりいられない。
 
とうとう時計は9:00を指してしまいました。若様のお尻からソファの奥深くまで根っこが張っておられるが、これを引っぺがして幼稚園にお連れせねばならない。しかし、私の気持ちとは裏腹に若様はいっこうに動かれない。
 
執事に代々伝わる必殺技を使うことにしましょう。
 
「幼稚園に行かれると楽しいですかな?」
「今日はどのご友人と遊ばれますかな?」
「幼稚園にはいろんなおもちゃがあるそうですな、ようございますな〜」
「今日の給食は何が出ますか、メニューが楽しみでございますね」
 
しかし、向こうも上手で、こちらの甘い言葉にはのってこない。
仕方ありません、究極の奥義をご覧にいれよう。
 
ゆっくりと若様の耳元でささやく。
 
「きょう〜、ようちえんおわったら〜、なんと〜、いいとこへいきますぞ〜」
 
若様は途端に笑顔になり、目は輝かせ、すぐにこちらに体を向けた。
 
「じい、いいとこだと? どこにいくのだ?」
 
よし、読み通り、すぐに次の手です。
 
「ちゃんと幼稚園に行かれたら、いいとこにお連れしますが、幼稚園行けますかな?」
「はいっ!」
 
若様は立ち上がって敬礼している。
なんと凛々しいお姿だ。父上によく似ておられる。
 
「今日は、子どもの館へ行きますぞ!」
「子どもの館、行く〜」
「じゃあ、靴下履いて、出発しましょう」
 
「子どもの館」は若様のお気に入りスポットのひとつ。こういったスポットを事前に調べて情報を手に入れておくことも、執事の大事な仕事ですが、まずは第一関門突破ですな!
 
車に乗り安全に発車。道中機嫌よくしていただくために、棒付きのアメを渡す。
 
順調に幼稚園に着き、駐車場へ車を止めて降りようとした時、執事の間で語り継がれる事件が発生したのです。
 
そう、「幼稚園行きたくない、ママと一緒が良かった事件」です。
 
まさかのここで行かない宣言ですと! しかも家にいる奥様と一緒が良かっただと!
しかしここで引き返すわけにはいかない、全てが水の泡だ。
あの伝説の執事のように落ち着いた声を出して説得にかかる。
 
「大丈夫です、幼稚園終わったらお母様と会えますから、一緒に幼稚園へ行きましょう」
「いやだ〜、ママがよかった〜」
 
あ〜!! 泣かれてしまわれた。奥様だとこうはならなかっただろうに、私はなんて無力なんでしょう。どう対応しましょうかとおろおろしている私に、周辺の奥様方からバケツリレーのようにアシストが入る。
 
「一緒に行こうか?」
「おはよう、幼稚園行ってらっしゃい」
「偉いね、幼稚園来れたんだね」
 
何とありがたい! 女神様達の声が若様に届いたのか、何とか車を降りてくれました。
さあ、門まであと数メートル。歩いてもらうために、念には念を入れて話しかける。
 
「ここ氷の上だから、そ〜っとゆっくり歩きましょう」
 
そういうと途端に足をバタバタさせ、わざと氷を割って歩くように、若様は前へ前へと歩き始めた。どことなく天邪鬼な部分があるので、それを逆手に取った。今回は私の作戦勝ちだ! これも執事に代々伝わる奥義のひとつだ。
 
そうこうしている内に、担任の先生が門から出てこられ、一緒に歩いてくれました。
あいさつを終えて、手を引かれて教室に向かう若様。大きゅうなられましたな。
 
そして、午後になり若様を迎えに行くと、朝の様子はどこへやら。満面の笑みである。車に乗せて約束の「こどもの館」へ向かいます。
 
車中では穏やかな笑顔、通り過ぎる車の研究に没頭されている。
激しく遊びまくった反動なのか、やはり、夜はすぐに寝られましたな。
 
その若様の天使のごとき寝顔を見ていると、今日の疲れなんぞ吹き飛びます。
若様、また送り迎えしましょうぞ。
 
 
 
 
***
 
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2024-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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